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奥高尾縦走と、ローマ歌劇場の観劇(2023年9月、4泊5日)

2023年9月の3連休に有給を1日足して、4泊5日で旅行をしてきました。

旅程は以下の通り。山登りとオペラ鑑賞をしてきます。

1日目(夜):夜行バスで移動
2日目:山登り(奥高尾縦走)
3日目:銀座歩き
4日目:オペラ鑑賞(トスカ:ローマ歌劇場)
5日目:オペラ鑑賞(椿姫:ローマ歌劇場)

2日目までは親友のモコと過ごし、3日目からごうたと合流して旅行します。

目次

旅行前夜は眠れない

2023年9月13日(水)の夜。

いよいよ明日、夜行バスで東京に行き、そのまま高尾山に向かいます。旅の直前に荷造りをしてしまうと、きっと興奮してバスで寝付けなくなるので、できるだけ今日中に旅の支度を終わらせておきます。

えーと、あれは持った、これも持った。
・・・あ。

確認するたびに何かを思い出して、荷造りを始めてからかれこれもう2時間。さらにその後予定の確認をしたりしていたら、いつのまにやら時計は23時回っていました。いそいそと布団に入るも寝つけず、結局5時間睡眠となってしまいました。とほほ。

1日目 仙台から高速バス(ラクシア)で東京へ

2023年9月14日(木)仕事が終わりました。よし!旅行です!

いつもなら木曜日は書写教室に通っているのですが、今日はお休みしてまっすぐ帰ります。荷造りの大詰めをして、夜行バスに乗る前に仮眠をしておきたいところ。しかし家に帰ってみると、嬉しいイレギュラーが。納期的に今回の旅行には間に合わないはずだったHerz(私の大好きな革製品屋さん)のリュックがなんと予定よりも1週間早く届いていました!うれしい!!

これはもう東京に一緒に連れていくしかありません。しかしそうなると昨日から行ってきた荷造り計画が大幅に変更されます。山用リュックとHerzの堅牢なリュック、二つ持っていけるかしら・・・?

今回の旅程は上記の通り、山歩きとクラシカルなイベントが混合しています。靴も場面場面に合わせたものが必要ですし、さらに、夜行バスに乗ったり電車に乗ったりと移動も多いです。極力小さな鞄で行きたいけどあれもこれも持っていきたい・・・。頭の中でぐるぐるぐるぐるシミュレーションを重ねます。

なんとかキャリーケースに登山道具一式とオペラ鑑賞兼街歩きセットを詰め込み、Herzのリュックを背負うことに成功しました。奇跡的です。これで何か忘れていたら、もう仕方がないと思えるくらいの納得の出来栄えです。

そんなことをしていたら21時半。家を出るのは23時。残り2時間半しかありません。

明日の登山に向けてフォームローラーで体をほぐしてから、1時間くらい仮眠をとることにしました。が、やっぱり寝付けません・・・!寝不足なはずなのに、心配だわ。ごろごろしていたらあっという間に23時前、出発の準備をします。

夜も遅いので静かに1人で出発しようと思っていたのですが、父がリビングのソファーでぐーぐー寝ていました。私のお見送りのために途中まで起きていたのでしょう。その気持ちは嬉しいのですが、お小言も多めな我が父。そのまま寝てくれても良いんだぞ〜という私の思いに反し、足音を聞いてはっと目を覚ます父。

ちょっと身構えているとやっぱり「どうしてバスで行くの?」と質問が飛んできました。適当にはぐらかしていると、意味深に名前を呼ばれました。ああ、もう何言われるのかしら。

「イレギュラーも楽しんでくるんだよ。それが旅の醍醐味でもあるからね」

ゆり

・・・!

そういうところがあるのをすっかり忘れていました。うちの父はごくごくたまに、良いことを言うんです。数学のテストの点数が低くて落ち込んでいる時とか。

玄関を出て、真夜中の静まり返った住宅街では、キャリーケースを引く音ばかり響きます。あかりの消えた窓の奥で寝静まっている人々のことを考えると、こっそりどこかから抜け出したような高揚感があります。これからの旅路への期待と、父の言葉で歩みは軽やかでした。

というのも数分。ここで早速気づきます。キャリーケースのハンドルが半分までしか上がりません・・・!なんか低いと思ってたんです。微かに体を傾けて歩かざるを得ない。いつか腰にきそうです。

・・・いやいや、イレギュラーも楽しむんでした。

すると今度はぽつぽつと雨が降ってきました。これくらいの雨どうってことありません。しかし気づきます。今の私の背中には新品の革製品があるのです。
鞄に向かって「私のもとに来たのが運の尽きだと思いなさい!」なんて言いつつ歩きだすも、やっぱり気になります。仕方なく右手に折り畳み傘、左手で少しかがみつつキャリーケースを引き、おまけに登山用の飲み物(2.5L)を肩から下げ、2キロ超えの堅牢な革のリュックを背負って駅へと向かいました。

汗ばみながら駅前の高速バスセンターに無事到着します。バスセンターは全面ガラス張りで、夜の雰囲気らしからぬ蛍光灯の青白い光が漏れています。待合室も丸見えで、ディズニーランドに向かうのであろう若者がほとんどでした。

今回利用するのは、WILLER(高速バス会社)の「ラクシア」というタイプの座席です。

私は高速バスが好きで、何度も利用するうちに培われたこだわりがあります。
まずは、必ず3人席にするということ。4人席(2人・2人)は隣が友人ならいいですが、知らない人だとしんどいです。もし隣の人が体格良い人だったら、ずっと肩をすぼめて座らなければなりませんし、下手に動いて隣の人を起こしてしまったらと思うとうまく休まりません。

次に夜行であれば、座席指定をトイレの前か最後尾にすること。心置きなくリクライニングするためです。座席の快適さは旅に大切な睡眠に直結しますので、予約を早めにしてフルリクライニングできる席を死守します。

さてWILLERのバスは、前方席が4列、後方席がゆったり3列というスタイルが多いので、この周囲の若者(大学生)率から「みんな4列のところに座るのに、私ばかりお金を積んでVIP席を選んだことが丸わかりになっちゃうのちょっと恥ずかしいなあ。きっと乗るときは若者を差し置いて、ラクシア利用者から乗車するんだろうなあ」なんていらん気をもんでいました。

ところがその心配は不要で、今回のバスは全席ラクシア席でした(と言いますか一部だけラクシアというバスはないのかもしれませんね)。あの子もこの子も高速バスにしてはお高めの7800円を積んでいます。意外だわ。ちょっぴりホッとしたのでした。

車内に乗り込みます。座席は全席山吹色で、前後間隔もゆったりスペースが取られた、やさしい印象です。それから各座席にブランケットがついていました。これは嬉しい。夏だからブランケットを持ち歩くというのはやめましたが、やっぱり車中泊となると安心します。

一番右奥の座席が今回の私の席。さっそく座ってみると、思っていたよりもずっとふかふかな座り心地でした。以前フルリクライニングができて、席の周りがまるでカプセルに覆われているかのような高級夜行バス(10000円超)を利用したこともあったのですが、その座席よりもふかふかです。

それでは早速安眠へと急ぎましょう。カーテンを閉め、靴を脱ぎ、空調の風向きを調整して、ローズの香りがついた蒸気でホットアイマスク(前日購入)をつけ、耳栓をして、ブランケットにくるまり、出来る限りリクライニングします。この流れるような作業をするのが、高速バス慣れをアピールできる唯一の見せ場です(不必要)。ああ快適。

スピーカーが最後尾についていたので、乗車後のアナウンスの音量が気になりましたが、耳栓をすれば問題ありませんでしたし、途中乗車も途中下車も無かったのでアナウンスが一通り終わったら静かになりました。そして運転手さんの声が落ち着いた、優しいお声だったので、なおさら問題ありません。また若者が多いからかいびきのうるさい人もおらず、静かな車内で過ごすことができました。

明日の登山への心配事もふつふつ浮かび上がってきましたが、車の揺れが打ち消してくれて、5時間くらいは寝ることができました。よかった。

2日目 奥高尾縦走

2023年9月15日(金)

早朝5:50、バスタ新宿に到着しました。

バスの中でこっそり朝食(座席足元の温風によって真っ黒に育ったバナナとおにぎり)を済ませ、着替えも済ませ、駅のトイレで歯磨きもしたし、ロッカーに荷物も置いきました。

いよいよ高尾山へと向かいます!高尾山でどうしてそこまで意気込むのかというと、中級~上級者コースに挑もうとしているからです。今回、休日の混み混み登山を避けるために、金曜日の平日に登ります。こうやって平日に高尾山に登ることなんて、今後1回あるかないかでしょう。そうなれば見れるものは全部みておきたい。やれることは全部やっておきたい。そうやって選んだルートが奥高尾からの縦走7時間コースです。高低差1200m。

・・・大丈夫かしら、いやいややってみたいし、でも歩ききれるかしら、でもでも。
好奇心と不安が葛藤します。

今回の登山はソロではなく、初心者だけど体力爆弾の親友モコと挑みます。6:20新宿駅発のJR中央線に乗って、車内でモコと合流しました。通勤ラッシュとは逆方向の高尾行きには、あまり乗客がおらず座席に二人並んで座ることができました。

ふとモコの表情を見ると、なんとも眠たそう。早朝スタートだからというのもありますが気になったので聞いてみると、モコも睡眠時間が5時間くらいで、前日大阪から東京に帰ってきたところだったのだそう。出張の多いバリキャリモコさん、いつもお疲れ様。寝不足二人、電車に揺られ、正直奥高尾に挑む気持ちもちょっと揺らぎます。

高尾駅から陣馬高原行きのバスに乗り換えます。バスに乗り込む人の内、半分は登山客。こちらも混雑はしておらず、モコと並んで着席します。

きれいな沢を左手に、上流の方へと進んでいきます。我らが地元東北の風景と重なるようなのどかな風景。ガードレールに着色があったので、景観保護区域であると思われます。

しばらく進むと、お父さんやおばあさんに見送られる小学生が乗り込んできました。「小学生からバス通学とは、やっぱり東京ね・・・」なんて思っていたのですが、停留所に停まれども停まれども小学校がありません。ますます乗車してくる小学生たち。バスの中にはいつの間にか先生もいて、乗車口で誘導をしています。車内は小学生でぎゅうぎゅうになり、私の肩には黒いランドセルが押し付けられました。

そんな中、とあるひょろっとした高学年の女の子が低学年の面倒を見ていました。少ししぶる中学年の男の子たちをうまく誘導して、低学年が座れるように座席の采配を下していました。また小学校前の停留所で児童が下りだすと、今度は別の上級生の子が低学年の子たちが座っていた席に落し物がないか確認してから颯爽と下りていきました。すごい。

きっとその子たちが低学年の頃に、上級生に席を譲ってもらって、守ってもらってきたのでしょう。児童が自主的に思いやり協力している姿が尊く、自然とふれあう前に随分と心が洗われたようでした。

同乗していた登山客も同じように感銘を受けていたようで「都内でもその心を忘れないでほしい」「道徳の授業みたい」と口々にしていて、それを聞いて嬉しくなりました。バス停から延びる小学生の列は、交番のお兄さんに見守られつつ緩やかに坂を上っていきます。こっそりモコに「きっとあの子たちは飲み会で食器を通路側に置いたり、忘れ物がないかチェックしてくれる子に育つわ」と耳打ちしたら笑われました。

40分くらいかけて陣馬高原(登山口)に到着です。身支度を済ませ、まずは陣馬山を目指します。街並みは古めかしく、石見銀山を彷彿させます。蕎麦屋や温泉など木材で作った温かみのある看板が目につきます。登山客向けの店でしょう。後ろ髪惹かれつつ登山を開始します。

登山と言えど、今回は睡眠時間のこともあり、安全を優先して途中までアスファルトのルートで陣馬山の登頂を目指すことにしました。これなら余裕だろう、なんて踏んでいたら、結構な坂です・・・!途中ヒルクライムをしているロードバイクの方たちが、吐きそうになっているのを見かけるほど急な坂でした。おまけにアブもいて、持ってきたハッカスプレーを振りまきます。

アスファルト舗装が途切れたら、今度は階段祭りです。踏面、蹴上がランダムな階段は逆に神経を使います。これは個人的に思うのですが、階段の方が一部分の筋肉ばかり使うので、岩場とか舗装され切れていない道よりも疲れやすいように思います。

階段をやっとこさ登りきるとしばらく尾根歩きをして、また階段。汗だらだらで陣馬山の頂上(900mくらい)に到着しました。

頂上には広間があり、「陣馬」という名前にちなんでか、白い馬の像がありそこで一緒に写真を撮りました。

同じバスに乗車していた人たちも登頂してきました。そこで彼女たちが「ゆずシャーベット」について話しているのを耳にします。どうやら茶屋に人気のゆずシャーベットアイスがあるらしいです。電線を引っ張ってきている都会の山頂だからこそ食べられるカリカリのシャーベットアイス。いつも登っている山では考えられません。

私たちはゆずシャーベットを食べるであろう彼女たちを追いかけ、その茶屋に行ってみることにしました。

茶屋からの眺めが最高でした。陣場山の山頂は神奈川県の美しい景観に指定されています。屋根つきのバルコニー席からは、広間では見渡せなかった遠くの山々が広がります。今回の登山の中で私はこの風景が一番美しかったと思います。

さて、注文したゆずシャーベット350円ですが、こんなにおいしいアイス初めて食べました。ゆずは藤野市(陣馬山の市?)の名産のようで、そのゆずがふんだんに使われていて大変香り高く感動しました。チョコレートアイスよりも、バニラアイスよりも、チョコチップアイスよりもおいしい。きっと山に登ってから食べるからなんでしょう。飛行機の中で飲むコンソメスープみたいなもので、他の場所で食べたらきっと今に落ちるのでしょう。大事に食べすすめます。

お姉さんたちが話してくれたおかげです。盗み聞きしてごめんなさいね、でも本当においしい。

さて休憩したことでちょっぴり重たくなった足を引き上げて、尾根歩きに入ります。今回の縦走のピークが陣馬山山頂なので、ここからは多少のアップダウンはあれど、今まで以上のものはありません。幾分気を楽にして歩みを進めます。

道はたくさんの人が歩いているからか踏みしめられていて判別しやすく、ルートを迷うことはほとんどありませんでした。看板もたくさんありますし、前回韓国で登山をした私とモコにとって、読める看板があるというのは随分と安心するものでした。

たまに現れる階段にひいひい言いつつ、雨に降られることもなく快調に進みます。森の中まで整備されていて林業の方にも出会しました。丁寧に間伐されていて、藪も歩きやすいように切られていました。途中9月の時点ですすきが茂っている場所もあったので、もし奥高尾を縦走するのであれば、長袖の方が安心だと思います。

平日の昼間とはいえど、ある程度の登山客は覚悟した方がいいよねと思っていたのですが、全く登山客がいません。「やくざが密会してもきっと大丈夫ね!」と冗談言いあえるくらい人通りがありませんでした。歌いながら歩いたりもしました。

陣馬山の山頂の次に私が気に入ったのは、小仏峠というところです。風の通る日陰の気持ち良い場所に、特に見晴らしの良いところにベンチが置いてあってそこで少し休憩をしました。なんとなく宮城にある松島の散策ルートと雰囲気が似ていました。塩の香りはしないけれど、大きな自然を感じます。木々の隙間から覗く、ちいさなちいさな東京の街並み。これからも大都会とはこれくらいの距離感で付き合いたいものだな、なんて思いました(私は都会があまり得意ではありません)。

いよいよラストスパート。高尾山頂上に向けて、またもや木の階段祭り。一体何段登ったことでしょう。2023年の夏は暑く、長く、おそらく30度くらいの中を歩きます。あまりの暑さにぼんやりしつつも、ゴールが近いと分かれば意外にも足を早めるモコ。彼女についていくようにして、高尾山に登頂しました。ばんざーい、と行きたいところですが、そこには半袖短パンの外国人と上品そうなおばあさまたち。ちょっと異世界感があってそれはそれで面白い空間です。

高尾山登頂の石碑は休日なら写真撮影をしたい人がずらりと並ぶらしいのですが(と周囲の人が言っていた)、特に人もおらず、二人で写真を撮りました。

暑くてお風呂上りのように若干のぼせていたところに、ビジターセンターが目に留まりました。センター入口には「冷房解放中」「熱中症対策」「ご自由にどうぞ」みたいなことが書いてあります。オアシス・・・!が、入ってみると正直そこまで涼しくなくて、拍子抜け。でも幾分涼むことができました。

ビジターセンターには高尾山のグッズが売っていて、私はシジュウカラの羽を模したピンバッチを買い、モコには今日のお礼とお誕生日祝いも込めて蝶のピンバッチをプレゼントし、二人してリュックにつけました。

では登山終わり、というわけではなく到着したということはこれから下山です。2.5リットルの水も500ミリになり、軽くなった鞄で下山を開始します。ルートは迷わないように十分整備されている場所なので地図は必要がないほどです。階段に飽き飽きしていた私たちは、とりあえず階段が無さそうななだらかなルートを進みました。

下山途中、お寺の境内に出ました。その時知らなかったのですが、高尾山は国宝のお寺が並ぶ歴史的な場所なのですね。狛犬のポジションに立つ天狗さまたちがかっこいい。お寺のことを知らずに頂上の方から境内に入ってしまい、なんとなく逆走感が否めなかったですがそれはそれでまた一興。予想外の参拝は思った以上に嬉しく楽しいものでした。

高尾山のお寺は観光客を考えてなのか「何かをする」というスポットがたくさんありました。茅の輪をくぐる、鐘をつく、写真を撮る、五円玉を結ぶ、小銭を洗う。面白かったです。モコに良縁をお願いします。南無。

お寺ゾーンを抜けて、最後はリフトで下山。ケーブルカーではありません。リフトです。これがとっても楽しかったのでぜひぜひお勧めしたい。

スキーで乗る様なリフトで、手摺もないような、動くベンチといったこのリフト。眼下にはおそらく登山ルートが見えて、それなりの高さにいることがわかると少しぞくっとして楽しいです。ゆったり空を飛んでいるかの様でした。またこのリフト、私が乗ったどのリフトよりも長く、12分もあり(12分ですという看板がありました)、足休めにもなりました。

途中すーっと地面スレスレを低空飛行している時に、山際からぱっとパラソルとその下でカメラを構えるお兄さんが現れました。「お写真いかがですか~??」と声をかけられます。観光というより登山客の気分だったのでお断りしたのですが、1200円で撮ってもらえるので、次行ったらやってみても良いかも。観光業もしっかり整備されていますね。

リフトを下りたら、まっすぐ温泉へ。体中がでろでろになったような気持ちです。高尾山口温泉の目の前に、温泉施設がありそこへ向かいます。汚くて申し訳ない、と思いつつ入館すると、ロッカーには登山靴用と一般用とあり、登山客を受け入れてくれていることに安心しました。

いえ、受け入れているどころではなく、推奨しています。ここには下山後の欲が全て満たされる仕様になっていました。山と食欲と私(漫画)で読んだ通りです。温泉で汗を流し、サウナもあって、もちろん水風呂もあって、さっぱりしたら食事処で食事し、まだ時間があったらマッサージ店へも立ち寄れます。駅もほぼ直結で、帰宅しやすいです。お風呂の温度は一番暑くても40~41度とかなりぬるめ。おかげでというかそのせいでというか、随分長湯になりました。

私は疲労が足の裏に来るタイプで、下山後の帰路はいつもひいひい言っているのですが、今回足を温めて水で冷やしてを繰り返したことで功を制したのか、2時間の帰り道もそれほど辛くありませんでした。

入浴後の食事はとろろそばにしました。とろろとおくらのねばねばそば。もうなんでもおいしい。なんてったって1700kcalを消費してますからね(YAMAP曰く)。

あまり長いすると本当におしりに根っこが生えてしまうので、食事をしたらそそくさと駅へ向かいます。高尾山口駅は日本家屋を思わせる高尾駅とは違って、随分と洗練されたデザインでした。

帰りの電車のなかで今日歩いた道のことを思い返します。うん、私は高尾山よりも、陣馬山の方が楽しかったです。アイスが忘れられません。

3日目 銀座歩き

2023年9月16日(土)。一晩東京のモコの家に泊まらせてもらって、翌日。モコは会社の同僚と山形観光に出かけるために8:30に家を出ました。東京から山形に行って、その山形で運転をして名所を回るのだそうです。やっぱり体力爆弾。

1人モコの家に残った私はヨガをして体をほぐし、支度をして9:30に出発しました。これからごうたと合流します。

・・・気が重い。昨日の夜に私が彼に怒ってしまったためです。怒ってしまったことに落ち込む私。そんな私を見てモコは「怒ることは悪いことじゃないよ」と言いました。今回の旅行で「イレギュラーも楽しんで」に続く名言の登場です。

どうして?と聞くと、すらすらと応えてくれました。

怒るっていうことは、それくらいその人にとっては重要なことなんだって伝わるコミュニケーションの一つだと思う。だから怒ることってむしろ人間関係が良くなっていくものだと思うよ。

怒られるっていうのも悪いことじゃないと思う。社会人になって怒られることがかなり増えて、“今回のミスはたまたまで、普段ならできるのに”ということで怒られることもあるけれど、それでもまあやっぱりこっちに非があるなってところに落ち着くし、それくらいそれが重要ってことなんだなって受け止めているよ

ゆり

・・・!

怒るのも怒られるのも悪くない。モコのタフさはきっとこういうポジティブな考え方を基盤に立っているのでしょう。私はちょっと怒られるだけでダメージを受けてしまうので、その強さに憧れます。

「たしかに、悪くは、ないのかもしれない」と思うと、少し落ち着いてきました。部屋にお世話になりました、と一声かけ、いざ向かいます(モコの家はオートロックです)。

彼と銀座の出口C3にて合流です。街歩きを開始します。1カ月ぶりの再会は少しぎこちなかったかもしれないけれど、すこしずつほぐれて、月光荘(よく行く画材屋さん)に行く頃には二人してニコニコしていたように思います。

月光荘は銀座にある老舗の画材屋さんです。店名は与謝野晶子夫婦がつけたのだとか。画材屋さんに行く、というと我らが画家であると思われるかもしれませんが、躁ではありません。私もごうたも趣味程度に描くくらいで、こちらの一流の画材を使うことはありません。

目当ては、文房具です。月光荘のホームページを拝見したところ、こちらの文房具は「画家にも恋人がいるでしょ。その恋人達だって絵は描かんでも手紙は書くでしょ」という創業者の思いから作られているそうで、私は画家の恋人ではないけれどよく手紙を書きます。

今回は便箋とポストカードを購入しました。こちらのポストカードは緩い絵と緩い詩が活版印刷(最近は普通の印刷に切り替えてきているそうですが)されていて、ふと遠くの友人が気になって送ったり、何かのお祝いで同封したりと重宝しています。値段も一般的なポストカードよりも安いです。ありがたいです。

また、普段使っている月光荘ペンケース(革製)の端の糸がほつれてきていたので、その修理をお願いしました。1000円くらいでできるそうで、一瞬新しいものに変えるという考えも過りましたが、彼が「長く大事に使えると良いよね」と言ってくれたので、ちょっと高くても修理に出すことにしました。彼は日ごろからものを大事に扱うことができる人で(ブラッシングや靴磨き、時計や文房具の洗浄等をしている姿をよく見かけます)、彼の振りみて我が不振り直せと言いますか、見習うべきところはたくさんあるなと常々思います。

その後店員さんのおすすめで、画材コーナーの地下にある小さな個展を覗きに行きました。隠れバーのような空間を進み、突き当りにある小さな部屋はいつも何か展示が行われています。今回はその部屋へ進むにつれて宇宙を感じるような音楽が聞こえてきました。円卓の真ん中に小さなモニュメントが立っています。これが今回の作品です。円卓を囲うようにおかれたバラバラの椅子。その一つに腰掛け、じーっと観察してみます。家の近所の美術館は今閉鎖中で、こういう美術鑑賞に飢えており、嬉しい気持ちになりました。

製作者の方がその場にいて、「このラインが世界の境みたいですね」と声をかけてみますと、「感じ方は人それぞれ」と言われました。・・・少し腑に落ちません(笑)。

続けてIWCブティックに行きました。このブログを見ればすぐに気づかれると思いますが、ここは彼の御用達のお店です。

彼が彼のなじみの店員さんと専門的な話をしている一方で、私は出していただいたオレンジジュースに感動していました。甘さの中に苦みのあるタイプのものです。きっといいやつだわ。コップはイッタラで、機能美を大切にする北欧の品を、IWCが使っていることにさすがだなあと思いました。

さらに帰り道でごうたはIWCトートバックをもらい、私はIWCマカロンを持たせて頂きました。お土産沢山、至れり尽くせりです。マカロンの箱はiPhoneの箱のようにしっかりとしていて、IWCという文字の横にはパティシエの名前が印刷されていました。パティシエには疎いのでどなたかは存じませんが、味のしっかりしたおいしいマカロンでした。ゴマが一番気に入りました。ありがとう。

お昼の時間になったので、東京に来たら必ず行く、行きつけのカレー屋さんに行ったのですが、あいにくその日はカーペット貼替工事でお休み。近くのロイヤルホストで昼食を済ませました。

お腹を満たしたら元気が湧いてきたので、ホテルに向かう前にちょっとより道。新宿御苑まで足を延ばすことにしました。“新宿御苑の芝生に寝っ転がると元気が出る”というシーンを本で読んだことがあって、前々から一度やってみたかったのです。

苑内にはたくさんの、本当にたくさんの種類の植物が植わっていました。山で見るような大きな木もたくさんあって、あまりの手軽さにちょっと認めたくないけれど、気分はまるでハイカーでした。雑多に見えるこの植栽も細かく管理されていて、日本の技術を集結させて保っているのだろうと思うと、また違った感動がありました。

地図を見ると、苑内がテーマごとに区画されているようです。日本庭園ゾーン、ヨーロッパ風の庭作りゾーン、台湾ゾーンなどがあり、足が疲れない限りぐるりと回ってみることにしました。

所々に植物の名前あてクイズの標が立っていました。実際の山路だけではなかなか植物の名前が覚えられないので、こういう場所は貴重です。彼も植物が好きなので、二人して楽しめました。

台湾式の建物を見物した後、芝生が広がる場所に出ました。美しい緑の絨毯です。その上には、シャボン玉をする子供たち、看板を叩く子供たち、早く帰りたいお父さん。そして点々と寝そべっている人。明らかに手入れされているこの芝生を傷つけないよう恐る恐る入っていきます。ふかふかです。ここまで来たのだからと、少し渋るごうたを片目に思い切って寝そべります。汚れたら後で掃えばいいのです。

横になった途端広がるのは、遮るものも何もない青い空。じわじわする足の裏から上がってくる血の流れ。芝生の匂いとくすぐったさ。近くに香る草の匂いと、草と土のかすかな冷たさ。

最高でした。悔しいわ。

ただ太陽が雲に隠れている内は良いのですが、顔をのぞかせると一気に灼熱になります。耐えかねて数分で後にしましたが、機会を見てまたやりたいなと狙っています。

リフレッシュした後は、今回の宿泊先、神奈川県の大和町に向かいます。明日のローマ歌劇場のオペラが神奈川県民ホールで行われるため、東京ではなく神奈川で予約を取ろうとしたところ、三連休だったのでホテルが取りづらく、会場からは1時間ほど離れた場所となってしまいました。

ホテルは私が東横インの会員になのでいつも東横インを使います。全国どこにでもあり、宿泊料も朝食含んで二人で1泊9000円とビジネスホテルの中でも安めの設定。キャンセルもしやすく、10回宿泊すれば1回無料になるサービスもある。このお手軽さは他に類を見ないです。

長年の経験から、東横インは都会にあるものよりも少し離れた場所の方が手入れの行き届いている場合が多いです。今回もその例に漏れず、とっても素敵な空間でした。カーペットは白い靴下で歩いても汚れませんでしたし、朝食を作っているおばさま方も朗らかで、雰囲気がよかったです。もう二度と来ないだろう大和町、良い滞在ができて良い思い出となりました。

東横インには「たのやく」というホテル内の雑誌があります。滞在中それを読むのが結構好きなのですが、今回そこで初めて東横インの理念たるものを読みました。社会貢献として人を動かす。うろおぼえですが、人々が東横インを拠点に色んな場所へと出向き、いろんな体験をすることで世界平和につなげる、というような意味だったかと思います。東横インは「内観」という1週間籠りきって自分と向き合うということを推奨していて、この理念が腑に落ちる内容だったのは、経営者が内観を通して会社についての哲学を極めたからなのだろうな、と想像しました。内観、いつかやってみたいような、怖いような、そこまでしなくていいような、でもちょっと興味が湧いてきました。頼めば内観のカセットテープが借りられるらしいけれど・・・いつかやってみようかしら?

3日目 ローマ歌劇場「トスカ」の観劇

9月17日(日)。

おいしい朝食をいただいた後、神奈川県民ホールへと向かいます。荷物が多いので、会場のクロークに預けてしまって、そこから身軽な状態で周辺を散策しようという作戦を立てました。

この日はとても暑く(2023年の夏はずっと暑かったですが、この日は特に)、へろへろになって会場へ向かいます。会場隣接の貿易センターでは、この暑さの中何やらたくさんの人が日向で並んでいました。調べてみるとホロライブのグッズ販売会だったようです。年齢層も見た目も様々な方が並んでいたので、Vtuberを楽しめる人が増えてきたのはいいことだな、と思いました(ちなみに私はにじさんじENを見ることが多いです)。

さてオペラの開場は14:15で、到着したのは11時頃。中に入るとロビーには赤い革張りソファーが並びます。しばしここで休憩。会場の方に目をやると、おそらくバレエダンサーのバイトさんがてきぱきとチラシはさみ作業をしていました。

クロークで荷物について伺ってみますと、やはり開場してからでないと使えませんでした。うう、残念。それならば、と会場に設置されている有料ロッカーに荷物を入れてみようとするも、入らず。少しむっつりしながら、キャリーケースは転がしつつ、横浜赤レンガ倉庫に行くことにしました。歩いて15分です。暑いけれど、行ける距離です。荷物は終始彼が持ってくれて、本当に助かりました。

さて、前回赤レンガ倉庫に行ったのは4年くらい前でしょうか。近年改修工事があったので、近くまで行ってみるも閉まっていたということが数回あり、久々の赤レンガ倉庫にワクワクしました。赤レンガ倉庫のある港の方へ向かう道には、古めかしい石造りの大きな建物が並び、足元に目をやれば歩道もタイルや石で舗装されています。異国の香り漂う、横浜らしい街並みを歩くと、なんだか映画の世界に入ったかのよう。

その中に「スカンディヤ」という北欧料理店が目につき、私は足を止めました。ジブリのようなかわいらしい外観に惹かれ、窓をちょっと覗くと、中には重厚なインテリアが並んでいます。ここなら穏やかに素敵な時間と食事が楽しめそう。

とても魅力的だったのですが、朝ご飯がおいしくて納豆ご飯を2杯おかわりした身だったので、せっかくならもっとコンディションの整っている時にしようと、惜しみつつ後にしました。その後ごうたが数回「本当に行かなくて良かったの?」と聞いてきて、何でもお見通しだわ、と思いました。

ようやく赤レンガ倉庫に到着です。倉庫の前には石畳の広場があります。ここはいつも何かイベントをしていて、そういえば新卒1年目の時、横浜にある本社研修後に同期とここでビアガーデンを楽しんだこともありました。そういえばその時彼からもらった指輪をなくし、大泣きしたんだっけ、なんて。

今回はカジュアル寄りの古着の露店やハーレーダビッドソンに跨がれるイベントをしていました。ハーレーダビットソンには興味がないので、赤レンガ倉庫へ直行します。中は空調が効いていて、暑さにぐったりしていた彼がすっきり回復しだして安心しました。私はきっと彼をおぶって移動することはできません。

赤レンガ倉庫の1・3階は食事のスペース、2階は雑貨が並んでいました。ひとまず休憩したかったので、フードコートへ直行します。私はオムライス、彼は崎陽軒のあんかけやきそばとごまだんごを選びました。ごまだんごはきっと元町・中華街駅を利用したことで、反射的に以前一緒に中華街でごまだんごを食べて感激したことを思い出して、気になったのだろうと思います。私の分も買ってくれていました。

フードコート内は子連れも多く忙しない雰囲気で、私たちは荷物もあり4人席に座ったものですから、私は終始誰かに「席譲りなさいよ」と言われないかとそわそわ落ち着きませんでした(ごうたはそういう場面でも平然としていられるタイプです)。実際そういうことは起きなかったのですけれど。その後そそくさとざわめくフードコートを後にしました。ほっと一息。

では早速2階の雑貨を見て回ります。以前は赤い靴のキーホルダーを買ったのだったかしら。

途中でふとごうたが立ち止まりました。何か気になるものがあったのかな、と思ったら視線の先にはマトリョーシカ。家にマトリョーシカを置くのも近そうです。店頭に並ぶマトリョーシカに引き寄せられて「欧州航路」と書かれたそのお店に入ってみることにしました。店内は、トルコなどのオリエンタルな雑貨が所狭しと並んでいました。中華雑貨屋もそうですが、こういう雑貨店って棚が上まであったり、商品が吊り下げられていたりして、そんな雑多な空間にいると“旅行をしているわ”という気持ちがより高まるものです。

その中で素敵なインド綿のハンカチを見つけました。インドの布でよく見る、ハンコでぺったんぺったんと模様付けされた一品です。蔦の先に花が咲く植物柄。青い花々。とてもかわいい。そしてお値段が600円(ということは厳密に言えば、値段的にハンコで押した風のデザインでしかないのかもしれませんが、それでも良いのです)。最近特に私は使っていて楽しくなりそうなハンカチを探していて、予算もデザインもピッタリでした。

あまりにも気に入ったので自分用に加えて、ごうた用にも1枚プレゼントすることにしました。すごく喜んでくれました。お揃いが増えて私も嬉しい。

続いて3階に上がってみますと、バルコニーがありました。きっと海風が気持ちいいのだろうななんて期待しつつ、深緑色に塗装された頑丈そうな鉄製風の扉を押し開きます。ああ、うーん、やっぱり熱い。風がありません。そのまま滞在することなくバルコニーを渡り、別のドアからまた室内に戻ります。するとそこにはディズニーのお店が。

立地的にこのバルコニー経由か、端にある階段でしかアクセスできない場所にディズニーのお店がありました。まさに穴場です。人も少なめでゆったりとしています。

どうやらこちらは雑貨販売もしているパンケーキ系のカフェのようです。店の入口には赤レンガ壁を背景にディズニーキャラクターたちのパネルが並んで客のお出迎えをしています。彼らは通常デザインではなく、ベージュカラーで統一されていて、ネガみたいなといえばいいのでしょうか、少し昔のロマンチックな雰囲気が建物とマッチしていて、空間のクオリティの高さにまるでディズニーに来たような気分でした。普段ディズニー好きでも、ディズニーランドに行きたがることもあまりないのですが、予期せぬ出会いに心が浮き立ちました。食後でしたので、雑貨だけ物色。円形のボトルに入ったミネラルウォーターやクッキー、文房具などのお土産もありました。

そろそろいい時間になったので、会場の神奈川県民ホールへ戻ります。いよいよ今日のメインイベント観劇の始まりです。

2階の欄干からは緑と白と赤、イタリア国旗を模して布が下げられていました。ローマ歌劇場を人から、装置から、初演の123年前の鐘から、何から何までまるっと持ってきた今回のコンサート。日本へようこそ、という気持ちが込められているように思いました。

チケットをもぎってもらい入場すると、床は真紅のカーペット、時の流れを感じる飴色の手摺、赤い椅子。赤を基調にして重さを出しつつも、カーテンウォール(壁一面窓)なので、重苦しさはない空間。少し昔に流行った、おしゃれな官公署のようなデザインは私の好みです。

びっくりしたのが、トイレが分散配置されていなかったこと。1階に巨大なトイレがあり、まるで混雑した駐車場のように、複数の誘導員が角々に立ち、「お2人こちらへどうぞ」と誘導されていきます。誘導係の方は随分慣れてらっしゃるようで、列の長さの割にスムーズでした。

今回の観劇するオペラはプッチーニ作の「トスカ」。私は事前情報を特に入れず、U29を利用してチケット8000円で気楽に会場に来たのですが、当日券販売価格を見るとなんと1席50000円超え。お気楽なものではありません。今回この破格でしかも1階の前から15列目というとっても良い席に座れるなんて、本当にラッキーです。クラシック業界が若い客層を増やそうと頑張る風潮にあやからせていただきました。私の所属するオーケストラも年齢層がかなり高いので、事の深刻さは他人事ではありません。なんとかしたいものです。やっぱりクラシックもTikTokとかYouTubeとかSNSに積極的に参入した方がいいんじゃないかしら。

はてさて、観劇の前にオーケストラピットを少し覗きました。この行為ってイタリア的にはどうなのかしら、野蛮って思われないかしらと思いつつ、数名の覗く人たちに交じります。奥行きはあまりなくて指揮者と奏者の距離がすごく近い。吹奏楽コンクールのリハーサル室の様です。オーボエ(私が吹いている楽器)は下手側で、管楽器は全体的に下手に寄せられ、管を囲うように弦が埋めていました。打楽器はステージが半分屋根のようにかかっている位置に。巣窟のようです。

席に着いた当初は、オーケストラの音を聴いてよくよく勉強させてもらおう、だなんて意気込んでいたのですが、全然できませんでした。歌手のエネルギーが圧巻でそんな余裕が無かったのです。1階席ということもあって、歌声も視線もストレートに来ました。あの演技力を前にして、オーケストラは舞台装置の一つでしかありませんでした。

物語にぐんぐんと引き込まれていきます。主人公のトスカ。やきもち焼きで「目は黒くしてね」(恋人が教会に描くマリア様の絵が自分に似ていなかったから)と言っていたトスカ。そんな彼女が終盤になるにつれて、めきめきと本来持つ強さを見せつけていきます。苦しさで胸の内が張り裂けそうになるのを必死に押し殺す彼女は、皮肉にもどんどん輝いていきました。

細かなところですが私のぐっときたポイントを紹介します。

まずは、通行許可証を慌てて探し見つけた後も2回確認するシーン。まさか書いてない?だまされた?という顔面蒼白で慌てたあと、通行許可証を見つけ、本当に大丈夫よね?と一度みたあとに、不安のあまりもう一度見返す、というあの一連の動き。胸が苦しくなりました。

それから、トスカが燭卓を持って弔うシーン。憎き相手をナイフで刺しつつも、信仰心と純粋さが、殺した相手を恐る恐る弔うように蝋燭と十字架を並べさせます。今までの彼女を失うような選択をし、後戻りはできないその怖さ。こちらも脂汗をかいてしまうシーンです。

この通行許可証と弔いのシーンですが、歌っている場面ではないのです。一言もしゃべらず、オーケストラがドラマティックに歌っているわけでもなく、ひたすらトスカの動作だけのシーン。もはや静寂よりも静かな中で行われる行動の生々しさに、目が離せません。

それから恋人が、殺人を吐露した彼女を「君の手はけがれていないよ」と慰めるシーン。彼女は殺人に至る前に、悪役に「君の恋人が拷問で殺されるのは君が秘密を明かさないせいだ。君が彼を殺すのだ」と呪いの言葉を吐かれます。この恋人からの歌で、まさしくそれを上書きするように美しい言葉を重ねますが、やはり彼の呪いは強い。汚された彼女は、一生癒えることのない傷を抱えてしまいました。それでも寄り添いあおうとする二人の健気さに心が打たれます。

前半ではかわいらしく高らかに歌っていたトスカが、後半になるにつれて表情を変えていきます。歌い方も変化し、怒りや絶望を含めて、低い音域を地声で!大地に響かせるように歌います。下から這い上がってくるようなその振動が、すごい迫力でした。

歌い方の面において、一方トスカの恋人役の男性歌手は、終始渾身の歌を披露されていました。登場シーンから人一倍通るあの明るい声色は、一気に観客の注目を集めます。主役ここにありけり、といった感じです。

彼は歌う時は顔を真っ赤にし、高い音を出すときには背伸びをし、体ごと音を出していました。カーテンコールでも誰が主役なのか分からないくらいに目立っていて、それを見ていると、彼がどれほど舞台に立つことが好きなのか伝わってくるようでした。その様子が、恋愛にも友情にも全力投球のこの恋人役に、まさにぴったりでした。

舞台から観客を楽しませることをとことん突き詰めると彼みたいになれそうですが、あそこまでに至るのは至難の業でしょう。彼の才能なのでしょう。

さて、休憩中のロビーではCDやパンフレットと一緒にトスカ役の方の写真集が売られていました。トスカ役の方、どんなお顔しているのかしら、とサンプルを拝見したところ、トスカのようなかわいらしい娘というよりも、美しい色気ある女優さんといった様子でした。二階堂ふみちゃんみたいな?しかし演技中、わざとらしい愛らしさや誇張は一切感じませんでした。彼女のトスカは、物語上のトスカでありつつ、彼女自身も滲んでいるからなのだろうと思います。彼女ほどの生粋の女優にまた会うことはできるか分かりません。心酔してしまう人も容易に想像できました。しかし写真集に15000円は割高かと・・・。ポストカードとかで売ってたら絶対に買ってたわね。

舞台の雰囲気も展開もコロコロ変わり、飽きることなく観劇することができました。

舞台装置と言えば悪役の部屋に、石造(人)が一杯ならんでいる所や、神殿の像、マリア像の迫力も素晴らしかったです。

エネルギッシュな舞台に大満足。初めての本場のオペラに大興奮。拍手のしすぎで手の平をひりひりさせて会場を後にしました。

帰り道を歩いていると、昼間に気になっていた「スカンディヤ」の前に出ました。せっかくなのでここで夕食をいただくことにしました。店内に入ってみると、木を彫って人物が描かれたレリーフが並ぶ階段。キャンドルで照らされた店内。つややかなカウンターとその奥に並ぶウイスキー。案内された座席には北欧の方がデザインしたのでしょうか、ランチョンマットとして男の子と女の子が並ぶイラストのペーパーが敷かれていました。どこを見ても素敵です。素敵な劇の後に、素敵なお店。ついてます。

メニューを拝見し、私は北欧の家庭料理を頼みました。ごうたはオープンサンドとパスタのようなものを頼んでいました。北欧の家庭料理の説明書きには、温野菜とコロッケとありました。

が、実際来てみてびっくり。温野菜を占める位置は、ステーキを頼んだ時のコーンくらいで、ほぼほぼコロッケ、メンチカツ、海老カツ。北欧はとても寒いですから、揚げ物や炭水化物等、カロリー高めなものが多いのかもしれませんね。

どれもおいしかったのですが、おなかを壊し気味なので、ごうたに助けてもらいつつ完食しました。セットのピラフはソテーしてあり、ピクルスが二枚添えられていて、このピクルスがとてもおいしかったです。おいしいピクルスを私も作れるようになりたいものです。

それからオープンサンドは初めて食べたのですが、パンが見えなくてもはやレタスとオイルサーディンのサラダといった状態でした。ナイフで切って食べてみると下の方にライ麦パンが。このパンがおいしくて、サラダとの相性が抜群でした。このお店にまた来ることがあったら、次はオープンサンドを頼むことでしょう。

食後は翌日の東京文化会館の、同じくローマ歌劇場の「椿姫」を観劇するので、神奈川から東京の東横インへ移動します。

4日目 ローマ歌劇場「椿姫」

いよいよ最終日です。

普段家ではしない朝風呂を堪能し、二人でベッドの上でヨガをしていたらあっという間に9:00を過ぎて、朝食サービスに間に合わず。チェックアウトの後、そのまま昼食へ向かうことにしました。

2日前に改装中でお休みをしていたカレー屋さん、「アショカ」にリベンジします。こちらはごうたと東京にくるたびに通っているカレー屋さんで、なんとも日本にはじめてナンを持ち込んだ由緒正しいお店なのだとか。その日は空いていました。

アショカはヒルトン東京の地下にあります。西新宿駅から地下にはいり、チャップリンも杖を買ったステッキ屋さんをちらっと覗くと、なんと前々からごうたから聞いていたクラシックのご友人がいました。一度会ってみたいと思っていたので、運よく会えてうれしかったです。

お店に到着しました。何回来てもこちらの内装は品を感じます。インドカレー屋らしい雑多な雰囲気は残しつつも、部屋全体が大事にされていることが感じられる室内で、私はこの雰囲気が好きです。床は深い赤色のカーペット、壁にはクリシュナとアルジュナの絵や像、王が持ちそうな金色の杖、ちょっと異国の雰囲気に囲まれて肩が狭そうな恵比寿様、装飾細かな金色の大きなお皿などが飾ってあります。壁紙の代わりにインドの手作業で作られた植物柄の布が貼ってあります。

ミニタリセットという4種類くらいのカレーとタンドリーチキンとナンを楽しめるセットを頼みました。サービスでココナッツのカレーも付けていただきました。ここのカレーはほかの店よりもスパイスをふんだんに使っているようで、食べると体がほくほくして動きやすくなります。とてもおいしいし、海外旅行をした気分になります。

はち切れそうなおなかを撫でつつ、締めにお気に入りのチャイティーを注文しました。実はこのチャイがこのお店の料理で一番好きなのです。私はホットミルクが苦手で、ミルクティーも後味の牛乳が強いものは飲まないのですが、こちらのチャイはスパイスで飲み味がすっきり。この濃厚なチャイは市販では味わえず、なんとかこの味を再現できるようになれないかと企んでいます。

ごうたはこのお店の常連で、店主や経営者と顔なじみです(以前にシステム設定等のお手伝いをもした仲なのだとか)。私を交えて色々お喋りをしてくださいました。中にはウクライナなど世界情勢の話もして、人種は違えど願っていることや道徳心は同じものを持てる世界にいるのね、と改めて思いました。

去り際に経営者の方に「ラーデラーデ」と言ってみたら、想像以上に喜んでもらえました。この言葉はヨガ哲学で学んだ言葉で、ありがとうという意味と相手の幸せを祈る意味を兼ね備えた言葉、だったかと、思います。ヨギーニやっててよかった。

では満腹になったところで、ちゃっかりヒルトンホテルでお手洗いを済ませ(外国人の多いこと多いこと)、上野駅へ向かいます。会場は東京文化会館、演目は「椿姫」、公演は昨日に引き続きローマ歌劇場です。

今回の席は3階の下手側。昨日よりもオーケストラの音が聞こえやすかったのは、席の位置によるものと思われます。

昨日のトスカと比較しながら観劇していたのですが、同じ団とはいえ随分異なった印象を受けました。作曲家も舞台演出も歌手も違えばこんなに変わるものなのでしょうか。オーケストラはきっと同じだったろうに(指揮者は同じ)、こんなにも色が違うのかと表現の幅に驚きました。

冒頭、青白い光の中、長い階段が現れます。まるで心の中に秘めた孤独が現れているかのように冷たい空間の中を、椿姫がしっとりと、階段を下りていきます。背景に弦楽器のppの響き。これが本当に美しくて、早速物語の世界に引き込まれました。トスカもそうでしたが、ローマ歌劇場はとにかく引き込む力が抜群に強いのです。映画への没入感とも違います。本を読むのとも違います。退屈なオペラは「心境を語るのにどうしてこんなにも長いのだろう」と思うのですが、こちらのオペラは歌だからこそ、言葉を音楽に乗せたからこそ、よりリアルに感じるという不思議な力がありました。

客層もトスカより有識者(風)や、歌手(風)、芸能人(風)が多く見られ、私たちの隣にも声楽の本をひざに広げるおそらく音大生が座っており、聴くぞ!という意志がホールに充満していたように思います。私ももし登山道具がなかったらドレスを着て、ピンヒールを履いていたことでしょう。歌手の力だけでなく、こういった客の雰囲気、舞台美術、オーケストラ、全部が作品への没入感を作り上げていました。

聴き始め、トスカは冒頭から迫力と勢いがあったのに対し、椿姫は自己紹介、声を出してみて調子を見ることから始めます、みたいな印象を受け、トスカの方が良かったかもなあなんて思っていました。しかしそんな考えも束の間、椿姫は徐々に徐々に加速をしていくタイプだったのです。

こんなに号泣した演奏会はありません。孤独に死んでいく無念と世界の非情さを訴える椿姫。苦し気な動き(演技)も相まって、あまりにも身近で、まるでベッドの横で不幸な女性を看取っているかの様。思わず自分の死に際について思いを馳せます。その後のシーンでは、突如椿姫の遅咲きの幸せが舞い込みます。ああ、よかったね、よかったね、とまた涙。しかし既に彼女の体は病にすみずみまで侵されており、最後恍惚とした表情を見せて死んでいきます。ああ、もう無理~。

美輪明宏さんの本で「日常生活で感情的になるのを抑え、芸術では思い切り感情的になりましょう」というような言葉を見たことがあります。この劇では誰しもそれが叶ったのではないでしょうか。ここまで感情的になった芸術体験はなかった様に思います(演奏側としてやりきったという感動はありましたが、それとこれとはまた別のもののように思います)。観劇後放心状態でひたすら「よかったー」と言っていたような、あれ記憶が・・・?

終わった後も感情的になった状態を引きずり、すっかり感傷モードの私。この後旅の終わりがとにかく悲しくなってしまい、良い年して電車のホームでぐずぐずしておりました。舞台に飲み込まれて切り替えられませんでしたね。私はこういう寂しさを感じると、本を買うという変な癖があります。新幹線に乗る上野駅には、改札内に大きな本屋がありました。文庫を眺めているとイタリア人の特徴を紹介している本を見つけ、すっかりローマ歌劇場に憧れた私はこの本を手に取りました。もうロスになってるのかしら。

今回の演奏はすごく刺激的で、世界トップのオペラを観劇できたことはとても幸せなことだと思います。来年もあったら是非行きたいなと思いました。最高すぎて、数日たってもこの経験が後を引いています。

おわりに

運の良い旅だったなと思います。前日に新しいリュックの到着、高速バスの満喫、個展の鑑賞、高尾山の参拝、友人との出会い、オペラでの体験、良い本との出会い。

あの旅は楽しかった、と言い切れる旅になったのは、イレギュラーを楽しもうという気持ちがあったからかもしれません。

私は不安症なので旅疲れをすることも多く、私って旅好きなのかしら、と思っていたのですが、たぶん好きなんだろうと思います。

しばらくお休みしたら、またどこか一緒に行きたいですね。

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