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推しがいない私の、迷走する推し探し

おたかぽっぽ

最近たまにニフティキッズという子供向けのサイトを見ています。アンケートや相談コーナーなどが設置されていて、そこに小学生から中学生くらいの子どもたちが自由にコメントできるサイトです。それらを読んでいると、ああそういう時期もあったなと懐かしくなったり、純粋な恋愛の相談を見て心が洗われたり、その年代特有の恥ずかしさに見ていられなくなったり・・・と楽しく拝見しています。

その中で「クリスマスプレゼントは何を頼みましたか?」に対する回答まとめがありました。結果は第1位がスマホ、第2位が推しグッズでした。

今年(2023年)の流行語大賞にも“推し”という単語がランクインしていましたね。推しについての楽曲や小説も発表されていますし、推しがいるから生活にハリがという話もよく聞きます。

老若男女、一世風靡していると言って良いこの“推し”旋風ですが、はてさて私はうまく乗れていません。推しがいないのです。探してみてはいるものの、なかなか私の生活圏に入り込めるくらいの強い存在がないのです。

幼稚園の頃はモー娘。が好きで、よくテレビで見ていました。小学生に上がるとカードキャプターさくらが好きになり、インラインスケートを履いてみたり、バトンを回してみたりしていました。その後、周囲がジャニーズやアイドル、ラノベやアニメキャラクターにハマっていきましたが、私の前にはそういう存在が現れませんでした。この幼少期の薄い経験でしか推しを体験していませんが、しかし今までこれと言って不便なことはなく、受験を経て、就職し、生活をしています。そういうわけで熱心に推し探しをしているわけではありませんが、どうしても耳に入ってくる”推し”という単語に、自分にとって推せるものについてよく考えるようになりました。

先日もラジオでその手の話が上がり、そこでふと「推しって応援できるもののことか」と思いました。私は何かを本気で応援したことがありません。見守るスタンスもしくは私がやりますスタンスを取っていたので、なるほどそれは推しがいない訳だ、と腑に落ちました。

“応援する存在”となると、推しは違う畑の存在になるでしょう。自分では到底代替できないような存在を、隣の畑から応援するのが推すということなのかもしれません。

私にとって応援している存在って・・・気に入った雑貨店とかでしょうか。できるだけペイペイなど手数料が引かれるものではなく現金で支払ってあげたい、とかそういう応援をよくしています。“応援”という糸口で推しが見つかるかと思ったのですが、そうでもないですね。

“好き”から探してみましょう。私はオーボエが好きですが、オーボエ奏者が好きなのでもオーボエ自体を眺めるのが好きなのでもなく、オーボエを演奏するのが好きです。これは推しが私の行為になってしまうので、推しではなくて趣味ですね。

夫にとっての推しはマーラー、リヒャルト・シュトラウス、ワーグナー、IWCインヂュニアでしょう。彼は好きな作曲家についてはとことん調べ、演奏会にも足繁く通います。IWCの情報集めも抜かりありません。そんな彼の楽しそうな様子を見ていると、自分の好きなものはとことん大事にしてほしいなと思い、またやっぱり推せるものがあったら楽しそうだと憧れます。

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