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美術館感想 花の絵画展(カメイ美術館)

地面に落ちたピンクのツツジ

カメイ美術館で開催されている「花の絵画展」を鑑賞してきました。

私がカメイ美術館に行くときは平日の昼休みを使っているので、ほぼ貸切状態でゆったり眺めることができます。

静謐に並ぶ絵画を眺めていると、自然と心も静かになりますよね。

目次

花の絵って面白い?

こちらの美術館には月に数回ペースで通っています。前回の展示もすばらしく、展示内容が変わっても通うんだろうななんて思っていました。

しかし今回の展示スタートは3月でありながら、実際に足を運んだのは月末でした。というのも今回のテーマが「花の絵画」と聞いて、正直あまり面白くなさそうだなと思ったからです。

まず、私はお花がとっても好き、というわけではありません。

たまに生花を部屋に飾ってみることはあっても、それは「花を飾れるくらい空間が整っている」という演出が楽しいのであって、花自体を愛でていたのかというと疑問です。

また静物画にあまり心を動かされたことがない、ということもありました。

私は絵をみるとき、これはどういうシチュエーションなんだろう、この人は何を考えているんだろう、この場所はどういう場所でどんな生き物がいるんだろう、作者はどんな心情でこの線を引いたのだろう、と物語を想像することがとても好きです。

その時に返って写実的な絵や静物画は、想像を膨らませづらくて、見ていて感動したこと経験があまりありませんでした。

ただ今日は、なんとなく、お花見をしよう、という気分で立ち寄ってみることにしました。丁度少し落ち込んでもいました。

美術館の人が安心できる鑑賞をしたい

入館するとやはり今日もひとりでした。私の革靴の音と空調の音だけ。

前回の展示とちょっと雰囲気が違うな、と思ったのは絵の管理が厳しくなっていたからでした。立ち入り禁止のゾーンに紐がひいてあったり、ガラスのショーケース?の中に展示してあるのを遠くから見るというブースもありました。以前はいなかった学芸員の方が部屋の角に座っていました。

厳重に展示されているのは共同主催のSOMPO美術館の絵なのかな?

お恥ずかしながら最近まで絵に顔を近づけて鑑賞するのは、吐息による劣化につながるからマナー違反ということを知りまして、絵に近づきすぎないように眺めてまわりました。

花の絵、意外にも気に入る

先に申しますと、花の絵、意外にもとっても気に入りました。笑

それでは、その素晴らしさをお話ししていこうと思います。

展示は夜桜にはじまり、油絵でモリモリテカテカなブーケ、ぎゃくにカサカサの唇のような花びらの絵と続きます。

ありきたりの表現で恐縮ですが、花というテーマの中に、これだけ違いが生み出せるんですね。

表面的な違いだけじゃなくて、花の奥に人の営みが見えるものが多かったです。

時代としてこういうのはちょっと古風だな、と思うのですが、花の絵をみれば、意外にも作者の性別があてられるのが面白かったです。何から判断しているのかはわからなくて、感覚なのですが、花のとらえ方に男女差があるように思います。

妙に暗かったり、花にいろんなものを託してちょっと重そうな感じがするものは男性が多く、陰陽問わず、花から滲むエネルギーを感じやすいのが女性という感じがしました。

作品ごとの感想

ここから具体的な話を。

「水ぬるむ」(能島和明)は、題名がまさにぴったり。

以前、秋保の植物公園で泥の中に咲く水芭蕉を見たのですが、本当にこの通り。泥の感じ、生暖かさ、匂いの立ち上り、土のきらめき。眺めている内に引き込まれて、あの水芭蕉の沼の目の前に瞬間移動した様。不思議な表現でした。

不思議な表現と言えば、パンフレットにはないのですが、「一期一会」という作品にも引き込まれました。

オレンジや赤色のぼんやりとした背景に、濃い茶色の枝のような気がスッとまんなかに立っていて、かろうじて黒茶の土に生えているのですが、その上を全体的に赤いモヤが埋めていて、絵から一歩下がると「すかして見える血潮に佇む若木」と言ったような作品です。

この血潮のような部分に注目すると赤ちゃんが逆さまになっている、まさにおなかの中にいる状態に見えました。対して、その細い木の方を観察すると枝の先に、紫や黒色の毒々しい色が流れていておそらくこれが花なのでしょう。

やわらかい天使のような温かい空間に、濁った、苦々しい水滴。・・・こういうの大好きなんです。

ただ楽しい、ただきれい、お花最強!とかじゃなくて、この神聖さと毒々しさの両方があってこそ、私は落ち着いて鑑賞できます。きれいなものしかない世界は嘘が隠れていそうで怖いんです。

ピカソの版画で「花束を持つ絵」というものもありまして、私はこの作品の良さは分かりませんでした。

茶色のクレヨンで、爪のサイズも指の太さもバラバラで、ただ輪郭だけ惹かれた右手と左手が、緑色のクレヨンの線をつかんでいて、その線の上にちょこちょこっとお花の絵。

・・・これも、高いのかな。

私にはまだ審美眼が育っていないんでしょうね。

それから、「薔薇」(梅原龍三郎)は、本展示会で唯一人物が描かれている作品でした。

薔薇(梅津龍三郎)

彼のこれに似た作品がもう一つ並んでいて、そちらにも壺の中に人が。

この人はいったい誰なんだろうと考えると、飾った人、壺に反射して写っている人とも思えるのですが、私はこれは送り主のような気がするのです。そして送り先はきっと恋人。

壺には両方とも男性が描かれていて、もう1枚はひげの生えた男性でした。2枚を見比べると、ひげの生えた男性の雰囲気からもしこの人が女性にあげるならこんな花かも、あ、そう思うとこの青年はこういう無難なシンプルな方を渡しそう・・・なんて思えました。

最後に、牡丹の花。

好きなお花は?と聞かれたら、私の名前である「百合」と答えたいところですが、トルコ桔梗と牡丹の花が比較的好きでした。

展示の中で牡丹の作品が集められた箇所がありました。どれも花びらの透け具合とそのボリューム感が美しかったです。

「牡丹花図」(椿貞雄)も花びらの柔らかさがよく感じられます。花びらの豊満と言って良いくらいの重なりが調和して品よく収まっている姿が美しくて、「私の好きなお花は牡丹ということにしよう」なんて思うほどでした。

この絵の隣には油絵の牡丹もあり、油絵らしいかっちりとした白い線がザッと引いていまして、それが花びらの輪郭となり、逆にすけ具合が際立つという素敵な表現をされていました。

他の油絵でもそうなのですが、ピントがずれることでより写実的に見えることが不思議で面白いです。近くで見るとヘンテコで、あらあらしい絵の具の波も、ちょっと下がればいきいきとした花びらたちだったり。力強さを感じる雪景色だったり。面白いです。

今まで美術館の良さというものをあまり知らずに育ってきて、絵で心が揺れる経験は真新しく、とても嬉しいです。もっとこの感性を磨けたらいいなと思います。

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