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グスタフ・マーラーをたたえる

グスタフ・マーラーの肖像画

グスタフ・マーラー(1860-1911)は世界最高の指揮者であり、
私にとって永遠のヒーロー/シンフォニストです。

初めて聴いた時、それまでの「お行儀の良い」作品と全く異なる音楽世界に衝撃を受けました。
メタ音楽の嚆矢であり、現代音楽の扉を開いたといえるでしょう。

瀕死の状態でウィーンに搬送される写真が発見されるなど、アップデートが絶えません。
この先も新しい写真や録音が見つかるでしょう。

マーラーと話した人は1988年(独自研究によれば、見かけただけなら90年代まで?)、ゴッホと話した人は97年までいました。2015年には徳川慶喜を見た人が残っていました。現在と過去は遠い断絶ではなく、緩やかな同時代性を持って繋がっているのです。

  • 例1
    マリーナ・マーラーさんが健在ですので、この方にあったら(見かけただけでも良い)、「マーラーに会った人と会った人と会った人」になることができます。
  • 例2
    私の友人にゴットフリート・ワーグナー氏の知人がいます。数人辿るとワーグナー本人に到達します。
  • 例3ブロムシュテットはフルトヴェングラー 指揮バイロイトの第9を聴いていましたので、ブロムシュテットを体験した方はもれなく、フルトヴェングラーとの緩やかな同時代性を獲得します。

話が脱線しましたが…

たまに更新していきますので、マーラーに興味がある方のご参考になれば幸いです。

「マーラー」という言葉が口にされるとき、直ちにわたしの心に浮かぶ最初の自然なイメージは,不思議な日付変更線,1900年にまたがる巨人の姿である。その左足(心臓に近いほうだ!)は,肥沃で最愛の19世紀にしっかりと据えられ、その右足は、それほどしっかりと踏まえることなく,しかし20世紀にゆるぎない地盤を求めつつ,彼はそこに立っている。ある人びとは,彼がこの足場をみいださなかったといい,ある人びとは (わたしは彼らと同意見であるが),もしもその右足が威圧するよう地響きをあげてその地を踏まなかったならば,20世紀音楽は存在しえなかっただろ」うと主張している。いずれの評価が正しいにせよ、そのイメージは変わることはなく,彼はふたつの世紀にまたがっているのである。

バーンスタイン「マーラー頌」(1967)

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