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大朝日岳下山後の飲み会でおこ

大朝日岳
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20220913 下山後の飲み会でおこ

※ひたすら愚痴っています。謎の例えを連呼したりして正気ではない文章なので、ご注意ください。

山に登ってきて楽しかったけどそれよりも今日は憂鬱な気分なので、その話をさせてほしい。

 無事に登頂成功し怪我無く下山した翌日である、昨日の夜の話。登山者による打ち上げという飲み会があったのだが、先に結論をいうと、散々な会で、もう二度と行かないことにした。

 参加者は50代3人、30代一人、と私。久しぶりのいわゆる会社の人との飲み。ああ、こんな感じだったな、この胡散臭い言葉ばかり飛んでいくような、違和感しかない会話たち。嘘だらけ。

 心の底で本当に思っているのか見えなくて、逆に欲望と下心ばかり目立っている。もしあの場で宣言したような、誰もが称賛するであろうその素晴らしい言葉をその通りに思っているのだとしたら、それは家族にも言っているんでしょうね?って言いたくなるくらい、気持ち悪い言葉ばかりが流れる。

 でもそういうことを言うのがおじさんの仕事なのかもしれない。共感はできないけれど理解はできる。背景を想像することはできる。その人だけが悪いことなんてものは何もない。

 ただショックだった。「人生なめている」なんて初めていわれた。隣の30代もそれに同感の意を示していて、本当に傷ついた。その二人は周りをよいしょする方向で会社内で立ち振る舞っているタイプなのだと思った。

 「僕たちはあなたたちに忠義を尽くしていますよ。ほらみて。こんなに尽くしている。これこそ義理というものです。そういう態度を見せないで、上司に好かれているあなたは「人生なめている」。そんな感じだった。妬みも含まれた、私を「なめている」言葉。からかうという行為はとても仲が良い関係をよく表すと思う。これはからかいではない。そこに愛がなければ、ただの悪口に過ぎない。

 私の人生の何を知っているのだろうか。お前が持っている表面しかとりつくろえない薄っぺらい脳みそでは想像もつかないことだろう。 その胡散臭い接待に誰が喜ぶというのだろう。プラスチックみたいな、表面つるつる光らせただけで脆い言葉、態度。薄っぺらい。私は接待で飲みに行ったわけでも、接待で山に登ったわけでもないし、きっとあなごさんも接待されに来たわけじゃない。ただ素直に「登山たのしかったね」とやりたかっただけなはずだ。

 アナゴさんは途中でスマホを見出していたことから、会話よりもスマホの方が楽しかったのだと思う。私もそうしたいくらいだった。それに気づかないプラスチックおじさんたち。本当に考えが古い。お腹みせる犬みたい。気持ち悪いもの見せないで。

 お酒の席だからそういう風に強い言葉が出てきただけで、一緒に山に登っているときはとても楽しかった。友達になれたような気がした。私は上司と部下というよりも仲間や友達という関係になれたんじゃないか、なんて思っていた。楽しかったのは確かだからその分悲しい。

 キノの旅が好きだ。キノは旅人でいろんな国を回っている。彼らはそこで出会うその国の人。郷に入りては郷に従えを重んじ、国の教えに従う人々。

 私がラッキーだったのは、プラスチックおじさんたちよりも上司のひとたち、つまりOさんとあなごさんが私の見方についてくれたこと。「体力に余裕があるんだからみんなのためにビールをリュックに積んで登山するのは普通でしょ?」という言葉に対して、「それは求めてない」「必要ない」と言ってくれた二人。「山をなめているようにしか思えない。そんな風に山をなめていると痛い目にあうよ」という言葉に何も言い返さずにおわるのを待っていた時、「まだ登山を始めて1カ月も経っていないんだから分からなかったのもあるでしょ」とフォローしてくれたアナゴさん。店から出た後に「あれは気にしなくていいよ」とまで言ってくれた。

 もう行かないけど、この二人と飲む分には構わないかも。どうだろう。

ゆり

・・・怒っている時の語彙力すごい

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