2023年12月16日(土)、本日は東京のNHKホールにてN響の第2000回定期公演に行ってまいりました。ただいま21:50、新幹線で帰宅中なのですが、この記憶の新しい内に本公演の感想をまとめておきたいと思います。
私ごとながら、今回が私にとって初めてのN響鑑賞でした。日本トップオーケストラを生で聴くこのN響デビューを2000回という記念すべき公演で迎えられたことはなんとも贅沢なことなのだろうと思います。曲目ももちろん特別感のあるもので、グスタフ・マーラー作曲の交響曲第8番でした。”一千人の交響曲”という名の通りコーラスも含めた大編成で演奏される、とても迫力のある曲です。その人数的な問題からか演奏されるのは稀でして、今回の演奏会には全国のマーラー愛好家たちがいそいそと集まっていたことでしょう。
さて私はマーラー愛好家ではないのですが、何分パートナーが生粋のマーラーファンでして、長期に渡って隣からマーラーをおすすめされ続けてきたものですから、気づけば私も親しんでから長くなりました。2000回公演で演奏される曲はファン投票によって決定されており、私もそこで自然とマーラー8番で投票していたのは、病気で寝込んでいる時にさえ「マーラーを聴いたら寝れるよ(寝れるわけがない!)」というような英才教育(洗脳)を受けてきたおかげだと思います。
私にとってマーラー作品には、鈍色で、錆があって、鉄臭いという印象があります。これは決して悪い意味で言っているのではありません。むしろそれが良いところだと思っています。
彼の作品では「愛の枯渇」や「救済への渇望」がよく表現されます。天才的な音楽センスで表現されるそれらの、言葉にならないほど美しい世界像とそれに届かない俗世との対比が、お互いのコントラストを深め、他の作曲家では類を見ないほど濃厚な色合いを作り出します。だから私はマーラーに並ぶほどの、切実で緊迫感のある美しい旋律を知りません。
また私はマーラーを聴くといつも「まだ終わらないのか」「まだ救済されないか」とうずうずしだします。ベートーヴェンやシューベルトだったならココ!という盛り上がりがあり気持ちよく終わるのですが(それはそれで良くて精神衛生上大変好ましいです)、マーラーは全くと言って良いほど一筋縄では行きません。くるかくるか…?こない…。くるかくるか…?あ、やっぱりこない。というのを4、5回は繰り返します。その焦らされた分昇華されたら(昇華されない絶望パターンもありますが笑)あまりの美しさに涙腺が緩みます(マーラーが好きな人はM属性なのでは・・・?)。
こういったキツめのコントラストやぐずぐず感を言葉で表現しようとなると、錆くさいだとか鉄くさいだとかそんな言葉になり、その人間臭さやリアリティがマーラーの素敵なところだと思っています。
さて、そんなマーラー観を持ってることを前提に今回の演奏について感想をお話ししていきたいと思います。
以下、素人が好き勝手言っている個人的な感想になります。
正直に申しますと第一部は心配、第二部はミニマルで美しい、という印象を持ちました。今回の演奏は賛否両論だろうと思いX等を拝見しますと、やはり思った通り。私は錆くさい方に慣れていたものでちょっと物足りなさを感じつつも、譜面は同じでも指揮者では全く異なる、演奏という行為自体の面白さも感じられた楽しい演奏会でした。
まず第一部の心配というのは、一体どの口が言うんだいという話にはなるのですけれども、私が音源でよく聴くマーラー8番の始まりはまるでビックバンのように強い音圧で聴衆を驚かせるものでして、今回の演奏でもそれをすっかり期待してしまっていたものですから、実際に始まってみますとそれが感じられずに逆に驚きました。客席もほぼ満席で、ただでさえ響かないNHKホールが余計に響かなかったのかもしれませんが、表現を選ばずに申しますと音量小さめのCD音源の様でちょっと残念でした(後々持ち直していったのでずっとそうだったと言うわけではありません)。それに1部は指揮者と奏者の間でもなんとなく摩擦が感じられ、事故もちょくちょくあり、音が音を消してしまうなどがあるとゲネプロで喧嘩でもしたのかな、大丈夫かなと心配に思いました(しかしより細部が際立つ2部の方が安定していて、凄さ超えてもはや謎でした)。コーラスは終始安定しており、1部の最後の登り上がっていくところ(おそらくCdurの上昇音階)にはグッときました。
2部になると途端に安定感が出てきて、これがN響か…!!と納得がいきました。以前カーチュン・ウォンさんの日フィル就任記念のマーラー3番を聴きそれがあまりにも最高な体験でしたので、ここまでは絶対に彼の方が好き!という気持ちだったのですが、2部に入ってからはルイージさんはルイージさんで味がある!と思いました。
ルイージさんのマーラーは鉄くさくない、美しく洗練された音楽でした。マーラー8番の世界観は宇宙に例えられています。個人的に今までこの曲に対して、宇宙の荒々しい生き死にとマーラーらしい自暴自棄さを感じる曲、という印象を持っていました。しかし、今回のルイージさんが作り上げる曲を聴いていると全く異なるイメージが浮かびます。澄んだ空気、星の静かな瞬き、宇宙空間の無音感。 この音楽に身を委ねていると寒くも冷たくも無い平穏な無へと導かれていく、そんな感覚でした。余計なものがなく、ミニマルで洗練された音楽です。
ルイージさんの指揮の振り方を拝見するにはっきりと指示をしていて、3階席からだったので途中途中見えませんでしたが、結構体を大きく使っているようでした。しかしそんな彼から聴こえてくるのはこのように美しく、また異様に静かな音楽で不思議に感じました。指揮棒にオーケストラがまとまり、曲が気持ちよく流れ(あのテンポ感はすごい。私はテンポ感が無くてしょっちゅう周囲を困らせています)、マーラーの曲ではあまり感じたことのない長期に渡る多幸感が会場を満たします。最後は1部にも勝るほどの盛り上がりを見せ、そちらは大成功と言って良いのではないでしょうか。華々しく最後を迎え、拍手喝采に幕を閉じました。
1部2部で揺れ動くオーケストラの中コーラス(新国立劇場合唱団)の安定感があったからこそ、この曲が一つの世界を作り終焉させられたように思います。3階席にいてさえバランスが良く、欲しい時にちょうどよく届く、素晴らしい技量の合唱団でした。2部の中盤を過ぎたところでしょうか、ピアニッシモでコーラスだけで厳かに歌うところは一番ぞくぞくしました。ソリストで言うと個人的に、ステージ上手にあったパイプオルガンの隣に立ち、救済を歌った彼女の切実な歌い方が胸にきました。素敵すぎてうるうるだったわ。
思っていたマーラーとは違いましたが、人間のやっている音楽感がまた面白く、これはこれで美味しい行ってよかったなと思える演奏会でした。また是非行きたいけれど、ホールの音響はなんとかなりませんかね…笑。
こちらは夫の感想です。よろしかったらぜひご覧くださいね。
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