今日もお勉学おつかれさまです。いかがお過ごしですか?
設計製図講座も4回目が終了しました。現状の話をしたいと思います。
ロットリング800
シャーペンの持ち方が変なようで、親指の第二関節付近が筋肉痛です。
シャーペンは夫の強い強い推薦で(IWCの設計者が使用している等による)、ロットリング800の0.7mmを2Bで使っています。これ一本でやっています。ミニマリストもどきなので道具は最小限です。
このロッドリング、意外と細身なので握る力が必要なんですよね。だからと言って持ち手部分のソフトキャップをつけるとせっかくの重心がずれてイマイチ。つまり握力を育てるしかなく、親指が痛んでいるという状態です。ペンだこもできました。図面汚れ防止用の黒い手袋をする恥ずかしさも薄れてきました(カッコつけているように見えて照れくさい)。
フリーハンド製図
フリーハンド製図も馴染んできました。通っている講座では私と同じようにフリーハンドをする人はおらず、先生方からもいままでで一人受かったのを知っているくらいだという話で、かなり少数派のようでした。ここで先生方がフリーハンドをやめさせようとしてこないのが嬉しいです(資格学校だったら方法を矯正されたりしていたのではないかしら・・・?)
ウラ指導界隈ではフリーハンド合格率が高いという話がありましたが、以上の話から実際のところ不明です。でも個人的にフリーハンドの方が楽しいし、多少の誤魔化しが効くので気楽なので今年はこれで行きたいと思います。
4週目の進捗
私の通っている講座は、前回の課題を提出して、先生に添削してもらっている間に今日の課題を解くという流れになっています。時間はお昼休みを含めて8時間。その内、先生から一対一で提出課題の添削解説をしてもらえて、私は特に初心者なので30分以上見てもらっているので、実質作業時間は7時間くらいでしょう。
そして今回この7時間で、なんと図面が7割程度終わるところまで行きました。成長を感じます。人の道は人の道で、私の知り得るものでもありませんが、このクラスで私ほどすくすく伸びている人はいないんじゃないかと自画自賛。
というのも第1回の講座で私ができたのは、スパン割りまででした。しかもそのスパンも正しくなかった。8時間かけてエスキス用紙1/4しか使わない始末・・・。
それが4回目の今回では、5時間くらいでエスキスを終えて、3時間で図面を完成させられるように。
できあがったのは高さ制限一発アウトのものでしたが、それでも講座と帰ってからの加筆で、つまりとりあえず1日で1課題を終わらせられる段階にきました。
この成長ペースが早いのか遅いのか分かりません。でも満足しています。
ここまででやってきたのは、YouTubeで気になる製図動画を見たことと、ウラ指導の参考書を買って読んだのと、雲母未来さんの参考書を買って読んだのと、うんうんいいながらエスキスを3課題ちゃんとしました。
不眠対策及びプレッシャーを軽くする方法
さて、前回の記事で不眠について書きました。そして合格できる自信がそれを解決するのではないかというところで締めました。しかし今思うと、それも違うようだったので、訂正としてちょっと書きたいと思います。
今日は初めて、落ち着いて講座にいくことができました。それは自信ができたからではありません。今をゴールだと思えたからでした。
その考えにいたるまでに、いくつかステップがありました。きっかけは女性性について話している動画の視聴です。
私は何か目標が決まると、男性的な考え方で、合理的に、効率的に、自立的に、リスクを考えて、計画を立てて、確実な達成を目指します。
エネルギーがある時はこれで活発に活動できるのですが、大方すぐにばててしまいます。
一方で女性性を使った方法は私に向いていて(まあ女性ですし)、気持ちがバテた時は女性性に沿う暮らしをすることでエネルギーチャージができ、すんなりうまくいくことも多いです。動画を見て改めて私の嗜好をみて、やっぱりこの試験も女性性を保ったまま、獲得しようとがつがつ頑張るのではなく、丁寧に味わっていくことにしました。
一見非効率でも、私の場合はうまくいったりするんです。むしろ効率を図ると、今はエネルギー不足なので不眠症が悪化し、合格から遠のくことでしょう。
女性性に軸を戻して、試験に向き合いなおします。
一級建築士合格した後、何を思うのだろうと考えました。
「次は高時給で時短勤務できる仕事に就こう」と次のゴールを決めることが想像できます。
じゃあ就職したら?
きっと「自宅勤務ができるようにスキルアップしたり、資格を取ろう!」となります。
じゃあ自宅勤務ができるようになったらどうする?「妊娠・出産をしよう!」
その次は?「子育てと仕事の両立」その次は?「育児の悩み解決」
その次は・・・・
もうエンドレスなんです。私はずっと将来を夢見て、ずーっと途中にいる。合格しても本当の合格は得られない。
欲しい結果というのは死をもってしか得られないだろうと思いました。つまりゴールは生きている限り幻想である。
そこでふと、今がゴールなのではないか、と思いつきました。
学科試験をしていたころの私にとって、製図板を持って教室に通うことは夢のようなものでした。
社会人のころは、のんびり自分のペースで資格取得の勉強することを夢見ていました。
学生のころは、あの職場に加わることを夢見ていました。素敵な結婚生活を送ることも夢見ていました。
少し前まで、Herzのリュックを背負うことにも憧れていたし、MacBookも使ってみたかった。
ブログもやってみたかった。
これは過去の私にとってみれば、今のこの瞬間は、
というかもはや、私は常にゴールにいるのだと言って良いでしょう。
私は「プロセスを楽しむ」ということがよくわかりません。
ちまたで耳にする「今にいる」「今に集中する」というのもわかるようで体感できていませんでした。
私にとって「プロセス」や「今」、言い換えると「練習」もそうですね。これらは何かの途中であり、結果も達成にも行き着けず、宙ぶらりんで不安定な状態で、自分のためになったという充実感がなく、正解を選べたという安心もなく、とにかくこの中途半端を終わらせたい。早く到着したい。そんな焦りを感じるものでした。
それに対して今回思いついたのは、これらは「ゴールが時間を移動している」ということではないかと。
繰り返しになりますが、いつまで経ってもゴールには辿り着けません。
なぜならゴールだと思った瞬間、また次のゴールを目指すループにいるからです。
ゴールに到達するたび、以前の自分よりも知見も視野も広がった分、また新たなゴールを見つけられてしまうから、このループには本当に際限がない。これはずっと何かを追っている状態で、現実に安堵できず、実際に私は製図試験対策が本当に嫌になって、不眠になっていました(合格というゴールに向けてせかせかしてしまう状態がとまらない)。
でも過去の自分から見ると、今の状態もゴールの一つであったことは確かで、つまり自分はいつもゴールに達している状態にあると言って良い。
そのゴールに達した状態のまま、時間が流れていく。ゴールが時間を移動している。
こう考えたら気持ちが軽くなったんです。
合格するのもゴールの一つ。合格したいという欲はもちろんあるし、できるだけさっさと済ませたいという気持ちもある。でも合格よりも、この未来志向と付き合い方を学ぶ上で試験と向き合うことが大事に思えてきました。ここでこの悩みを無視したら次のゴールを目指す途中で、きっとまた同じようにつまづくのでしょう。
試験のゴールを目指すのではなくて、今ゴールにある状態を感じて、目の前にあることをすることが、余計な負担を抱えずに取り組める一つの方法なのだとわかりました。
長くなりました。わかりづらかったら、講座後の疲労であったということでご愛嬌。
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