一級建築士試験に向けて勉強をしているところであったが、果たして本当にこの勉強を続けて意味はあるのか、もっと今を有意義に過ごした方が良いのではないかと思い、やる気がなくなった。
私の場合、受けても受けなくても別に良い環境にいて、強制するものはなにもない。
一級建築士に合格した時の気持ちを想像すると、
「ふう、一仕事終わった〜」という特大ため息と強烈な安堵感があると思う。
これは自分への期待をこなせたという安心であり、ということはこの「できる私」という期待(幻想)を手放してしまえば、今この瞬間からこの安堵感は得られるわけで、資格勉強をするもしないも、そもそもどちらでも良いのである。
でも娯楽として、勉強は好きだったりするので、まあひとつ難易度高めのゲームとして楽しみたいところだ。
今を大切にするための方法の一つに、勉強があるとしたい
サバンナの八木さんが難関資格に合格したということで、勉強方法について動画が上がっていた。
今を蔑ろにする勉強は意味がなく、今整うための手法として勉強をしていたとのことである。
彼は一発合格を狙うでもなく、未来のために勉強をするでもなく、ジムに通う習慣と似たような存在として勉強をしていた。
将来のためのリスクヘッジとしての勉強をしない
将来のため、未来のために一級建築士を持つというのは安心材料になると思っていた。
しかし一級建築士になったとて、私は建築業が好きなのかどうかは怪しい。
ものごとを知ることは好きで、関心ごとについて勉強することが大好きであるが、建築業以外でもそれはできる。
しかも最近教育現場に携わることに興味を持ち出したので、私の人生上では、余計に一級建築士資格が将来活躍するのか不明である。
年配の仲間から、「資格はもっておくに越したことはない。今のうちにとっておくべきだ」と言われたが、それは彼が生きる世界線上の話で合って、私が今しっくりこないのであれば、その資格との接点は希薄なのだと思う。
だから資格取得としての話ではなく、こういうものがあるのだと知る一環として、資格勉強に向き合うのが良さそうだ。
暇な日を数日過ごす
私はいつも何かしら行なっている。
家を整える、物の手入れをする、断捨離をする、よりよい暮らしについて考える、資産運用について考える、体調のチェックをする、朝に散歩をする、買い物をする、ブログを書く、お琴の練習をする、タロットをひく、YouTubeを見る、哲学の勉強をする、精神世界について学ぶ、来客の準備をする、祖父母の様子を伺う、本を読む、役所へ行く、日記や手紙を書く、写真の整理をする、アニメを見る・・・そして勉強をする。
私のキャパ的に、前半で大方埋め尽くされており、案外きゅうきゅうな状態で勉強に向かっている。
優先順位としてもこの羅列の順番で、要は勉強よりも他の物事へ意識が向いている。
ここで勉強の優先順位を上げるのは自分に負担をかける。
今を大切に、やりたいことからやったほうが、日常に快楽が増えて、人生豊かになる。
だからできるだけ用事を詰め込みすぎずに、上から順番にやっても時間が取れるような生活をしたら良い。
となると、暇になるという状況を作って、1日過ごすのが勉強に向かう一つの方法になる。
体調を整える
やる気が出ない時というのは、エネルギー不足というのも要因の一つだろう。
ゆっくり眠れているかというのが得に私にとって重要である。
このゆっくり気持ちよく寝るための方法として、私には哲学や精神世界を知ることがあり、また前回の「すんとした朝」に書いた、体をゆるませて日常を過ごすということがある。
気楽に粛々と勉強するために
勉強している時の集中している感覚が好きだ。もくもくと時間を忘れて作業する感覚。
勉強する心地よさというものを意識して、問題に取り組んでみたい。
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