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IWC インヂュニア オートマティック40 Ref.3289 2023年の新作をたたえる

IWC インヂュニア オートマティック40 Ref.3289 2023年の新作

良い点
・過去作を受け継ぎつつも単なる模倣ではなく、新しい作品として昇華させた
・軟鉄製文字盤及びインナーケースが復活
・稲妻マークが復活
・ブレスレット一部分(固定リンク)でのIWCブレスシステム採用が無くなり、固着と腐食によるブレスレット全交換のリスクが軽減。
・オールグレーの素晴らしいチタンモデル

悪い点
・一見違和感を感じるデザイン
・愛好家も理解に苦しむ価格設定
・供給体制が整っていない状態でオーダーを受け付けている
・耐磁、防水性能がスペックダウン
・ペラトン式自動巻きではないグループ汎用ムーブメントの採用
・ケース形状が変わりロレアートと見分けがつかなくなった
・ベゼル固定ビスからの浸水によるベゼルの腐食及び固着のリスク
・ブレスレットを手入れしないと腐食し固着)、脱落の危険性あり(IWCのブレスレット全てに共通のリスク)

私はIWC研究家ですので常に最新情報が入ってきます。基本的に新作は海外からのリークがあり、マーク20やアクアタイマー(機械だけ変わりました。現行の機構は完璧でどこも変える必要がないと考えます)は数ヶ月前から情報がありました。

2023年3月末のインヂュニアは厳重に秘匿されていました。1年前の時点で、スイス本社が準備を進めているという話を聞いていました。スペックなどの詳細は情報が錯綜(特許の関係でヴァルフルリエの機械のパワーリザーブが短いcal.32110になるのか、長いcal.32111になるのか)、また肝心な外見は直前までわかりませんでした。

しばらく前から新作の概要を予測していました。恐れていたのは、ヴァシュロンがヨルグ・イゼックの222をほぼそのまま復活させたように、Ref.1832がそのまま再現されることでした。IWCは常にアップデートを加えてくるので、そのようなことはないはずだと信じて待っていたのです。

予測が外れた点
・ランゲのオデュッセウス、パルミジャーニのトンダのような「通常のラグと、ラグ幅以上に延長されたブレスレットのセカンドリンク」からなる奇妙な「擬似ラグレスケース」になる
・ブレスレットのクイックチェンジの採用
・軟鉄製文字盤及び軟鉄製インナーケースの全廃

予測が当たった点
・グループ汎用ムーブの採用
・変形ジェンタデザインの外装
・チタンモデルの登場

これまでのインヂュニアは、クッションケースかつ中央から伸びたノーズにH型リンクが付きました。

新作は凹凸が逆になり中央の可動リンクを通してH型リンクが付くように変更されています。

ブレスレットの固定リンク(ケースに接続された、テーパーのついたリンク。この箇所だけのメーカー交換が不可のためブレス自体の存続に重要となる)からIWCブレスシステムが無くなり分解不可になりました。調整ボタンが腐食し固着、脱落し換えのきかないリンクがバラバラになるリスクは軽減されたのです。バックル周辺のリンクにはIWCブレスシステムが残っていますが、この辺りは予備リンクと交換可能なので、使用不要になっても、ブレス全交換は避けられるでしょう。いずれにせよ、ブレスは常に清潔に保つよう気を配って頂くのがいちばんです。

※詳しくは別記事を参照ください。

IWCのクイックチェンジ(EasX-CHANGE)は、バネ棒さえあれば装着可能、過去のモデルにも適合できるという優れたものです。これにはラグに支持されたバネ棒が必要になりますので、新作ではランゲのオデュッセウス、パルミジャーニのトンダ、ボールのマリンGMTのようなラグを持ったケースになるのではと考えていましたが、予想は外れました。

ベゼルの穴は工具を引っ掛けてねじ込むためのものであり、1990年代のRef.3521までは実際に機能していました(個体によって穴の位置がばらつく)。2005年のRef.3227以降ははめ込みとなり、穴の位置が揃うようになりました。いずれも硬いガスケットを噛ませ防水に十分配慮した設計になっていました。

新作はベゼルの穴に直接ビスを締め込みます。2014年以降のチタン、セラミック、カーボン及びチタンアルミ製ケースのモデルはジルコニア製ビスでベゼルを締め込む構造となっており、こうなる気配はあったとも考えられます。しかしながら、やや奇怪な外見でもあったので新作で採用されるとは全く予想していませんでした。

ロイヤルオークはビスが金であり、また特殊形状パッキンでビス全周をカバーしているので腐食の心配はありません。新作の展開図を見ると、単にベゼルをビスで(パッキンなどを噛ませずに)固定しているだけに見えます。汗などがボルトの隙間から入り腐食・固着しないか心配です。チタン製モデルは問題ないと思いますが、ステンレス製モデルの場合は手入れに十分注意が必要です。

パイロットウォッチやポートフィノの新作で防水性向上を果たしている中、インヂュニアのみ12気圧→10気圧に下げているのは残念です。IWCの防水は過剰スペックで知られているので、実際の防水は他社より念入りに整備されているでしょう。そこまで心配いらないかもしれません。

cal.32111はリシュモングループの共通汎用ムーブとして大人気のヴァルフルリエ製、いわゆるボーマティックなのですが、オリジナルはシリコン製部品の採用により裏スケでも1,500ガウス(120,000A/m)の耐磁性を持っていたはずです。軟鉄製文字盤及びインナーケースを備えても500ガウス(40,000A/m)程度の耐磁性に留まるので、ダウングレードされたものを載せているのでしょう。衝撃的な価格にも関わらずペラトン自動巻でも超耐磁性でもない凡庸な機械(120時間のパワーリザーブという点ぐらいしか特筆する点がない)というのは残念です。

価格や供給については疑問もあります。プレミアがどうとかリセールといったくだらない話題の対象になるべきではないので、本当に求める人の手に渡って欲しいと思います。もともとインヂュニアは時計オタク向けの地味な時計でしたので…。

以下に論評をまとめます。

派手に宣伝していますが、Ref.1832とはエルゴノミックな佇まい以外そこまで似ていません。ケースとブレスの接続箇所、リューズガード、ベゼルの穴など細部が全く異なります。スペック低下やグループ汎用ムーブの採用、価格設定及び供給体制など気になる点もあります。

しかしながら、相当なプレッシャーの中、相当の期間をかけてよく練られた意欲作だと思います。伝統を受け継ぎつつも、模倣せずに独自のものとして昇華している…いかにもIWCらしく、コレクターとして非常に高く評価します。

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