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軍艦島・別府旅行記

軍艦島 全体

神戸港から出発し、神戸港に戻ってくる3泊4日。
Y(中高同級生)とのふたり旅。2026年2月下旬決行。

1日目 阪九フェリー(やまと)
2日目 門司港、軍艦島
3日目 別府温泉、商船三井(さんふらわあ)
4日目 帰還

目次

阪九フェリー(やまと)

バス混雑

神戸港20:00発の便を目指し、連絡バスにて港まで向かう。連絡バスといえど見た目は市バス。230円。

始発点である「阪神御影駅」にて乗車。「阪急御影駅」までは良かったが、「住吉駅」あたりからかなり混み出す。以降乗客乗せきれず。運転手が「あなたたちを乗せるための連絡バスですから!ぜっっったい間に合います!」と、停留所のたびに熱心に伝え回っていく。
集合が1時間前とチケットに記載があり、それについて心配している人に向かっては「書いてあるだけでしょう?大丈夫です!あなたたちを置いて出航することはあり得ないですから!」とのこと。果たして次のバスに乗れていたのかは不明だが、フェリーは予定時刻通りに出航した。

車内にはベビーカーが1台乗っていて、途中運転手が「すみません、ベビーカーを閉じることできますか?」と車内放送するも、周囲のおじさんおばさんに、そんなんしなくていいと止められる。

神戸乗り場(六甲アイランド)

今回の旅仲間Yの車で九州をめぐる計画につき、フェリー移動を選択。阪九フェリー乗り場は六甲アイランドに2つあり、新門司港行きは海側。入船する車をどこに停めたらいいのか私は知らなかったのだが、Yいわくとにかく誘導員を頼れとのこと。

運転手のみならず、同行者も車で入船するようで、建物で受付した後(今回は割引があったので窓口対応になっただけで、QRコードがあればそのまま車待機で大丈夫そう)誘導員による乗船券チェックを受けた。船舶のゲートが開いたら前から順に進む。前の車に運転手が戻ってきていなかった場合、抜かして入船。特に下船時は、後ろを止める可能性が高いため早めの待機が必要。

船内サービス

船内パンフレットいわく、本船は「カジュアルフェリー」というものに属するらしい。その名の通り?豪華客船とまではいかないが船内探索をそれなりに楽しむことができた。

ロビー

客船独特の湾曲した階段とエレベーターが中心にある広間。カウンターやテレビ、チラシコーナーなど情報ブースとしても機能。上階へと続く吹き抜けの周辺に、椅子が点在していることで、乗客が思い思いの場でゆったり過ごせるような設計となっていた。太平洋フェリー(仙台↔︎名古屋間「いしかり」)では、出港前に客が窓辺席を死守しようとする動きがあったが、今回は見受けられず。

共同風呂

浴槽はジャグジー、一般的な湯船、露天風呂の三種類。脱衣所の壁に「出航前の露天風呂利用は、見送り側に対して裸体公開の可能性がある。自己責任」という旨のお触れ書きがあった。

風呂場で混雑を避けるべく、出航後さっさと入浴をすることにした。これがうまくいって、のびのびと入浴することができた(若干熱めで長居はできなかったが)。あくまで予想だが、この便は出航20:00と遅めであるから、ファミリー層などは特にお風呂を済ませてから乗船していたり、食事を先にしている人が多かったのではないだろうか。

宿泊部屋 スタンダード洋室(レディース)

名前から想像しづらいが、二段ベッドの部屋である。船ではこれをスタンダードというのかもしれない。上のベッドがいいなと思いつつ「どうする?」とYに聞いたら、上を選んだ。そりゃそうだ。ベッドと外部はカーテンで仕切る。カーテン閉めた状態でも通気が取れるように、吹き出し口が各ベッド足元についていて快適だった。付属品は枕と掛け布団のみ。私が利用したのは2月末で、冬のパジャマ1枚で事足りたが、寒がりであればブランケットを持参しても良いだろう。朝起きたら、Yが同室の誰かが早朝に目覚ましをかけていたことに不満を漏らしていた。共同部屋のマナーは意識的に気をつけねば。耳栓&アイマスクの私はその音に気づかず。スタンダード部屋にはいる時に、持っているQRコードを使うので、Y曰く透明のスマホカバーにしてそこに挟めたらよかった、とのこと。なるほど。

食堂

夕食で利用した。バイキングではなく、自分でお盆をスライドさせつつ好きな料理を載せていき、レジで店員が確認して料金が決定する食堂スタイル。あまり調子に乗って取りすぎると思ったよりも高くなるやつ。私は油淋鶏とご飯と味噌汁に止めたが、Yはバランスの取れたデザート付き完璧定食を作っていた。性格が出て面白い。食事スペースは営業後も自由開放してくれていて、時間を気にせず話に花を咲かせることができた。そこで一人ぽつんといびきをかいて寝ている中年男性がいて、ここで寝ているということは・・・といういらぬ詮索をしてしまった。

阪九フェリーのキャラクター「ふねこ」

フェリーと虎猫のキメラ。パンフレットやグッズ、船内など至る所で登場している。後に登場するが、軍艦島の「ガンショーくん」より可愛い。ロビー近傍には1台ふねこ専用モニターも設置されている。このモニターではふねこが進航状況にあわせて港から港まで移動している様子が見られる。モニターを操作するとゆるい4コマ漫画を見ることができる。恥ずかしくなければキャラソンも流せる。一つネックなのは縦長画面につき、メインユーザーであろう子どもが上部ボタンにタッチできず、親が子を抱えることになる。

船内ショップにてふねこグッズをてに入れることができる。ナットとボルトの形をしたチョコレートにふねこのプリントが施されたものには、なかなかセンスを感じた。同行者Yはキャラものを愛する才能があり、いつのまにかそのチョコレートを買っていた。彼女がいなかったら私はふねこにここまで興味を持たなかっただろう。

おすすめ持ち込みグッズ

・サンダル(ショップでは使い捨ての不織布タイプのみ取り扱い)
・タオル(お風呂で使うタオルが、スタンダード部屋では無い)
・アイマスク
・耳栓
(お菓子やつまみは大体コンビニ+20円くらいで売っていた)

門司港レトロ地区

8:30新門司港着。門司港と新門司港は異なる。

新門司港の印象は工業地域。コンテナを下すクレーンや倉庫が点在し、現役の港だ。
一方の門司港は、明治~大正レトロといった印象。日露戦争あたりまで九州が主要な貿易港だったが後は横浜などに移って行く。関東発展の先駆けである九州の隆興が建物に残っている雰囲気だ。

門司港と新門司港は車で10分くらい離れている。ちなみに「もんじこう」ではなく、「もじこう」と読む。

門司港訪問は私が希望した。私は教科書やテストで知っているものを実際に見ることが好きで、一級建築士の学科試験で登場しがちなアルド・ロッシの作品を見るためだった。

プレミアホテル門司港ホテル

・竣工:1998年
・設計:アルド・ロッシ(伊)
・特徴:門司港レトロ地区(大正レトロの景観を大切にしている地区)の観光拠点として建設。
街の「門」であるのと「サメ」がモチーフ。縦に2本入っている感じが門で、曲線になってちょっと船風と感じられたのがサメ風だろう。アクセントの丸窓はポケモンセンターに見えて仕方がないが、サメの目か?モチーフを知ってからみると随分写実的なデザインに感じられる。

旧門司税関

・出題例:

旧門司税関(福岡県北九州市 )は、明治・大正時代の歴史的建造物を活かしたまちづくりである「門司港レトロ事業」の一環として、明治45年に建築された税関庁舎を、港湾緑地の休憩所等として再生・活用したものである。
 →◯(平成28年(2016年) 問2 (一級建築士試験 学科1(計画) 問2))

門司港駅

明治を感じる石造り。中にあるスタバにはおそらく当時の看板も残っていた。ネオ・ルネサンス様式(丸の内とかと一緒)。

門司港駅外観
右から読むやつ

三井倶楽部

外観への力の入れ具合がすごい。長崎は三菱主力だが、福岡は三井なのか?この凹凸豊かな破風と真壁(梁が現れている)に、ロマンを感じ得ない。こういう凹凸の多いものはかわいいのだが、管理が大変でなのある。角から水漏れしたりシミになったりするため、メンテナンスできる余裕さが必要だ。選ばれし人が入れたであろう建物。開放はされていなさそうだったので外観のみ。

文化的なもの

門司港ビールの看板

キリンビールは元々長崎に住んでいたお雇い外国人、トーマス・ブレーク・グラバー(グラバー園の人)によって支えられて設立したもの。ビールに強い地域なのかもしれない。

バナナ叩き売り発祥の地の石碑

今回の旅で一番謎だったアピール。バナナが伝来したではなく、叩き売りをした。叩き売りに特別な何かが込められているのか・・・?門司港駅前広場にて。

軍艦島ツアー

土曜日 13:15出航 16:00帰港の便。
費用は5500円くらい(軍艦島デジタルミュージアム入館券1800円含)

軍艦島デジタルミュージアムにて乗船受付。この受付が港からちょっと離れていて、信号によっては徒歩5~10分弱かかる。なぜそんなに時間に開きがあるのかというと、路面電車があることで歩道が渡りにくいからである(おそらく交差要素を減らすために、歩道が交差点から離れていたり、コの字型にしか対岸に渡れなかったりする)。

船内座席について

上階はプレミアムシート下階が普通席となっている。車椅子利用も可能(かつて夫が北海道の方の炭鉱で働いていた未亡人が記憶を呼び起こすために来訪したエピソード有)。いずれも自由席となっており、受付順ではなく予約番号順で船内へと案内される。予約番号はネット予約時点で決まっているため、運と思った方が良い。

普通席は室内とデッキに分かれる。室内の方が人気。デッキに座ると潮風(たまに水飛沫)にあたるのと、ガイドの声が若干聞き取りづらいというデメリットがある。しかし軍艦島を周回して島の全体写真を取る時間では、室内席より優位に立てる(右舷左舷どちらからも写真が撮れるように旋回する)。私たちは往復共にデッキ席に座った。海の光が眩しくて、私は頭痛になった。

ガイドについて

ツアー代は5000円を超える。移動費のみであればそれなりの価格設定だが、ガイドの語りがよかったので大変満足している。

ガイドは船での移動中も行われる。室内とデッキそれぞれモニターとスピーカーが設置されており、着岸前に軍艦島の概要と長崎の歴史、世界遺産について学ぶことができる。TDLのジャングルクルーズレベルの情報量でありながら、淡々とした口調で(しかも良い声で)話されるので、聞きやすかった。

世界遺産は軍艦島のみと認識していたのだが、実は軍艦島までの海路中、沿岸に並ぶいくつもの産業設備の中に世界遺産として登録されているものが複数ある。日本国内での明治~大正時代の世界遺産は、長崎に一番多いらしい。

語りに合わせ、文化遺産を眺めつつ移動していく。天気は晴れていてよく見えた。歴史、三菱、お雇い外国人、戦争で狙われたこと。長崎の産業力がますます裏付けされていく。モニターには時折再計算過程や化学式なども表示され、学会発表にも通用しそうだった。日本初のヨークシャテリア?などといった大衆受けの内容もありつつも、知識の増えるガイドに、雑学好きな私は大満足だった。

ーざっくり覚えているガイドの内容ー

・三菱の力の強さ(造船技術やそれが垣間見れるカンチレバークレーンなどの解説)
・グラバーの日本への貢献の大きさ
・軍艦島が炭鉱として栄えた理由(良質なコークスの採掘→酸化鉄の還元にしよう→良好な鋼材が高度経済成長を支える)
・実は石油もここで取れた?貯蓄した?
・日清日露第二次と戦争において長崎の技術がいかに使われたか(大和がデカすぎて領事館から丸見えになりそうだった、対岸を削った後が残ってる等)

船酔い

結構揺れた。トイレがあるので困ったらかけこめば良い。乗船時間は行きは1時間、帰りは30分くらいだろうか。行きは説明や写真撮影タイム確保のため長くなっている。行きの途中に飴が配られたが、おそらく船酔い対策だろう(効果があるのだろうか?)。飴の袋をカバンに入れようとしたら、すぐにゴミ回収の係の人が回ってくれて、行き届いたサービスに驚いた。

上陸できる確立

条例によって軍艦島に上陸できる波の高さが定められている。ガイド曰く2026年2月上旬は、ほぼ半分の確率で上陸できなかったとのこと。またこの船には、3回乗ると1回無料で乗れるサービスがあるのだが、それを使って4回目でも上陸できなかった人も存在するとのこと。よって船内アナウンスでは、上陸できないかもというニュアンスが随所で含まれる。

今回は運良く上陸できた。前日まで雨、当日翌日は晴れ、内陸でそこまで風を感じない風速という条件下だった。実際ぎりぎりだったようで、海のことに詳しくないが、春先など気候変動の大きい時期というのは不安定なのかもしれない。

軍艦島の構造

軍艦島はもともと端島(はしま)という小さな島で、良質なコークス(酸化鉄を還元する時に使ういわゆる石炭のことで、その良質さが戦時下から高度経済成長にかけて産業を支えた)が採掘できた。江戸時代から炭鉱として発展していくにつれ、居住区域を増設し、少しずつ島の大きさは大きくなっている。1974年に黒字閉山をし、無人島と化している。

島は上から見ると船のような楕円型をしていて、壁を周回させて城砦機能を持たせて島を守っている。この壁こそが、明治時代に建てられ現存するものということで、世界遺産に認定されている。一方で目を引くあの印象的な建物群は世界遺産ではない。今後コンクリートの耐久年数的に修復も難しいので(現在の日本の規定では通常60年くらい、最長で100年までを耐久年数として計算していたはず)これから数十年で朽ちていくだろうとされている。

ゆり

ちなみに城砦(仮名)は、熊本県産の土と石を使って作られています。
端島は面積が小さく資材を集めるのは無理です。

下は軍艦島のキャラクターがガンショーくんというのだが、これで驚いたのは、基礎がないということだ。

岩が帽子をかぶっているデザイン

軍艦島の居住区域増設当時は、コルビジェが最新の建築様式として大型RC造について企画した段階であり、中規模RC造の実例のない時代だった。そこでまさかのこの軍艦島で、1916年に世界初の8階建RC造住宅(B1~7F)の建設に成功する(30号棟)。施行はコンペで勝利した清水建設。最新研究をすぐ実行しちゃう日本のレスポンスの早さ、貪欲さは今にないものに感じた。文献をあたっていないのであくまで想像だが、高層住宅がなかったわけだから、杭の技術も未発達であることを予想する。つまりはこのキャラクターの表すように、杭や基礎は無いのではないか。

しかし台風の日は島の半分に波がかかるような場所である。浮力も波の力もあるこの場所で構造計算は非常に難しそうだが、清水建設の経験則と頭脳がなした技(荒技?)で実現させたのか。現にその建物は100年を超えて残っている、今のコンクリート基準を超えてなんとか残っている。塩害というか、もろで塩が直接かかる場所でだ。鉄筋も間隔やかぶり厚も今とはだいぶ異なっているようだが、それでも残っているのだ。すごい。基本的にRCだったが、SRCっぽいものもあった。

ラーメン構造というかスケルトン・インフィルって感じ
基礎に近い方は石を混ぜていて、上部はコンクリートのみのところも(壁?基礎?)

軍艦島を回って目についた場所

軍艦島で一番高いところにあるのは、受水槽(厳密には社殿の方が高いかもしれないが、そこは目を瞑ってもらって)。そこからつながるパイプで内陸から水を海底で引いてきている。設置箇所が海抜80m程度であるからして、揚げるためにポンプが必要そうだが、なんと陸でも島でも使っていないらしい。ガイド曰く、波の圧+サイフォン効果ではないかとのこと。そんなことあるのか。

軍艦島には密集して中規模マンションがあるのだが、それぞれに◯号棟という名前がついている。どの号棟に入れるかはポイント制で、高くなるほど日照りの良い方へ引っ越せるらしい。台風の日には島の大部分に波がかかることもあり、このマンション自体が防波堤としての役割も果たしていた。40mくらいのマンションの、海抜だと80mくらいのマンションの前面に波が打ちつける。奥様たちがマンションの屋上で横並びになって建物を掴み、台風の波や風を楽しんでいるという狂った写真も展示してあった。

今でいう福利厚生といえばいいのか、三菱の対応は行き届いていたようだった。タバコを炭鉱に間違えて持ちいらないように喫煙室から荷物確認、フリーフォールEV(勝手に私が名付けたが自由落下と思ってもいいぐらい早いし長いエレベーターなのだ。スカイツリーと同じ深さをスカイツリーで導入されているEVとほぼ同速度で降りていたらしい)と動線が整っていた。また煤だらけの職員が地上に戻ってきたら、一度共同浴場(海水)で服ごと汚れを落としてから家路に着くようになっており、狭い島での暮らしに合わせて随所よく考えられたシステムが作られていた。

老朽化につき立ち入れる場所はかなり限られている。動物園みたいに見るルートが決まっていて、建物を離れた場所から観察するようになっている。ただ世界遺産の壁は間近で観察できるし、触ることもできる(ほとんどの人はそちらをみないが)。

めっちゃラーメン構造で、スケルトンインフィルに見えた。肩持ち梁の庇もなんとか持ち堪えている様子。退廃的ではあるが、あまりしみじみとした感じではなかった。戦争跡地ではないからか。

軍艦島デジタルミュージアム

名前に負けず、デジタルを駆使した展示だった。時間があればゆっくり1時間以上楽しめると思う。

炭鉱に降りる採掘シミュレーション映像が公開されていた。閉山は炭鉱の拡大に伴う採掘効率低下によるコスト上昇(採掘場所にいくまでにロスタイムが多すぎる)により、労働組合と円満な話し合いを経て決定されたらしい。島の中で村八分が起きたら大変だったのでは?と思うが、逆に誰も牢屋に入れられることはなく、家に鍵をかけることもなく、治安が良かったという体験談しか耳にしなかった。

住宅棟の一室を再現した場所があった。石見銀山に行った時もそうだったのだが、危険な仕事を受ける人にはそれ相応の報酬が与えられる。各家庭普及間もないフジカラーテレビなど最新電化製品が揃っていた。しかし水は貴重なのでキッチン・水回りは限られており、トイレもフリーフォール型となっていたらしい。

そしてVRで今回上陸して回れなかった場所をドローン映像で確認することができた。浮遊感がすごかったのと、周りから見るとあっちこっち振り返る人たちが座るブースになっていてシュールだった。屋上庭園はまじニーアオートマタ。目視できていなかった住宅棟の「X階段」。Xに交差する印象的な階段がVRで確認できてよかった。踊り場の幅的に、今の基準法ではひっかかりそうだ。

ミュージアム最上階には軍艦島キャラクター「ガンショーくん」の真実の口がある。気持ち悪いので是非やってみてほしい。ギョッとすること間違い無い。

その真実の口に隣接して、軍艦島にあった社殿風の神棚がある(おみくじもひける)と、調査兵団(進撃の巨人ロケ地につき)や和服に着替えて、住宅棟階段のレプリカで写真撮影できる。

他にも、写真家によるかっこいい軍艦島を楽しむこともできる。物販もあり。あの軍艦島についてのハードカバーの本買っとけばよかったかな・・・。軍艦島に住んでいた人のエッセイも良さそうだった。

グラバー園

時間があったので寄る。軍艦島のガイドがグラバーの研究をしている先生に師事しているとのことで、グラバーの功績を知りたくなったというのもある。

眺望

お雇い外国人、良い場所に家がある。見晴らしがよく港が一望できる。日本三大夜景の長崎もここから観測できるのではないかと思った。庭についてはそこまでの印象はない。個人的に異国情緒のあるところというのはガーデン文化も用いているように思うのだが、大きく取り入れられているわけではない。函館しかり神戸異人館しかり、小高いところに立てると傾斜地になるわけで庭づくりは困難なのだろう。落水荘みたいな小さな滝みたいなものはあったが。園内は結構広いが、修復中も多く見るところが限られていたため、滞在は40分くらいだったか(もっとじっくり見ても良かったけれど、時間が限られていた)。

蝶々夫人の家?

園内に蝶々夫人が十八番の三浦環というソプラノ歌手像があった。蝶々夫人とはプッチーニ作曲のオペラで、長崎がモデルとなっている。厳密にグラバー邸が蝶々夫人の家と示されたわけではないのだが、聖地巡礼地にしようと蝶々夫人の家として観光客を呼んだらしい。

旧グラバー住宅

・1863年竣工 明治時代に全部補修
・L字型+八面体を角に配する、下見板、瓦屋根(三つ巴)、床下通気(ちょっとカビ臭かった、ここまで補修は難しいだろうな)
・石畳がその時代っぽい(傷は運んだ時というよりも雨天時滑り止めとして意図的にやっていそう)

食事など

ここからはあっさりと個人記録みたいなもので。
中華街で角煮まんを食べた。長崎の角煮まんが一番美味しい(修学旅行で来たフィルターの名残)。

ゆり

長崎ちゃんぽんのリンガーハットとお雇い外国人のリンガーは全く関係ないらしい

宿泊先:有田

有田焼で有名な有田市にある「民宿有田」というところで、2人7000円くらいで宿泊。駐車場つき。
艸風舎という本が読めそうなカフェと併設された、一般的な民宿。10畳の部屋を間仕切りで区切って、5畳くらいのサイズでたぶん7部屋くらいある。
近くに有田焼の販売所などがあったが、今回はスルー。ここで花粉症の夜を過ごす。

別府

PA由布岳で由布院の硫黄を感じる。

からつバーガーでしば犬のおばあちゃん、ラブちゃんに噛まれそうになる。かわいい。

別府ロープウェイ 

日本一線路長(斜辺の長さ)が長いらしく、1816mある。鶴見山頂駅までの10分間乗る。台北のロープウェイ会社と関係を結んでいるようでポスターが貼られていたり、中国語表記がちらちら見受けられる。

鶴見岳山頂(1375m)までハイキングができる。ハイキングといえど舗装された階段の道で、15分くらいでつくことができるがなかなかに達成感があった。随所に七福神の像があり巡ることができる。このミニハイキングをヒールブーツでまわっている人もいたが、ちょっとこけそうだからスニーカーを勧めたい。縦走ルートもあるようで、それも楽しそうだった。

地獄めぐり

地獄めぐりって、温泉めぐりではないのか。誤解して地獄めぐりにタオルを持って入館した。赤い土は酸化マンガン。青い湯溜まりはシリカによる影響とのこと。間欠泉みたいなところにはガスが出ていて、近くで線香か木片に火をつけて、その煙を間欠泉に送るときゅうに煙が沸いていた。解説が韓国語で、原理は不明。800円。

酸化マンガンの方はその泥を軟膏にしたり、染め物をしたりもしている様子。

柴石温泉

今度こそ温泉を目指して、柴石温泉へ。地元民が多くて助かった。ボディソープなどは一切なく、ドライヤーは一台なので注意。蒸し風呂があるが、タオルやマットを持って入っていたので、持っていなかった私は自重。アルカリっぽいお湯でした。

商船三井 さんふらわあ

行きと同じく車に乗って乗船する。誘導員は多めだった。チケットのQRコードは、乗船前の誘導員によるチェックに使ったのみで、船内では一切使わなかった。最安の部屋を利用したため、もしかしたら個室などでは使っていたのかもしれない。

10人雑魚寝部屋(女性のみ)で、チケットに座席(ブース?)指定がされていた。それぞれカーテンで半分目隠しできるようになっており、プライバシーも気にならなかった。各ブース折りたたみ式マットレスはフランスベッドで掛け布団は西川と記載があった。行きの二段ベッド席よりも横幅が広くとれていたため、最安値でありながら返って寝やすかったかもしれない。Yは少し寒かったようで、50円でブランケットを借りてきていた。

耳栓とアイマスクは必須。非常灯がつきっぱなしの仕様だった。私は運良く窓際だったが、ドア側をあてがわれていたら眩しかったかもしれない。

船内探索箇所はあまりない。今回は食事もしておらず、船のデザインとしてそれぞれの客室に重きを置いている印象。入浴もしなかったので不明。キャラクターはない。私たちのみならず、就寝時刻より随分前から共同部屋に全員集まっていたので、あまり楽しめる場所はなかったのだろう。デッキに出ようともしたが、風の強さと寒さに断念した。

なんでこんなあっさりした感想しかないのかというと、頭痛がひどくて寝ていたからだ。私は海の光に弱かった。

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